-小説- 蒼き流星SPTレイズナー「刻印2000」
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   <プロローグ>


     「アンナの日記」


   地球歴一九九六年十月六日。
 今日、私は生まれてはじめて、あこがれの”赤い星”  太陽系第四惑星・火星の大地に足跡をしるしました。
 私の名は、アンナ・ステファニー。十四歳。
宇宙体験教室”の第一次メンバーの一人に選ばれたからです。
”宇宙体験教室”というのは、国連宇宙局が宇宙開拓時代にそなえて、”子どもたちに宇宙生活を体験学習させる”目的で開設したプロジェクトでした。
 第一次体験教室のメンバーは、十七歳で最年長のアーサー・カミングスJr.から、最年少の私まで十六名。世界中の国から集まっているので、宇宙のジュニア・オリンピックのようでした。
 引率責任者は、国連宇宙局のDr.エリザベス・クレブリー。名前のとおり女性ですが、クールで厳しい先生。とても二十四の未婚には見えませんでした。
 メンバーの中で目立ったのは、アーサー。何かというと「最年長」をふりかざしてリーダーぶる目立ちたがり屋(実は、気の弱いおっちょこちょい)。でも、良いひとです。
 アーサーが何かとライバル意識を燃やしたのが、デビッド・ラザフォード。同じ十七歳ですが、誕生日でアーサーが一カ月、月上。
 デビッドは、西部開拓時代のようなしい男性で力も強く、”乱暴者”の感じ。でも弱い者いじめだけはしない。私には頼りになるお兄さんの感じでした。
 デビッドが野性的とすれば、対照的に知性が宇宙服を着ているような少年がロアン・デミトリッヒ。コンピューターにつよいだけでなく、メンバーNo.1の秀才。私よりひとつ年上なのに、とても大人びてみえました。
 でも、音楽や絵や詩がとても好きなことがわかって、とても親しみを感じるようになりました。
 こうした男性メンバーの誰もが注目した女性がシモーヌ・ルフラン。ママがフランスの大富豪の名家、パパはイギリスの貴族出身で、社交界にデビューしたばかりの十六歳の”お姫さま”。「生意気よ」という人もいましたが、気品のある顔とみごとなプロポーションは、”発展途上の少女”の私には、うらやましいの一言。
 さて、私たちの宇宙船が火星に近づいたとき、いきなりアメリカとソ連の軍用機が近づいたのにはびっくりしました。彼らは、私たちを歓迎に来たのではなく、相手の基地に何か運び込まれるかをチェックしに来た偵察機だったのです。
 第二次大戦以来、地球上で米ソ両大国が軍事競争をしてきたことは知っています。でも、火星にまでお互いに軍事基地をもって、ひそかに冷戦を続けていることまでは想像もしていませんでした。
 火星には、他にNATOや中国、その他の基地がありましたが、国連の観測基地は、そうしたなかで火星の平和を保つための緩衝地帯の役割を果たしているということでした。
 私は、こんなところに来てまで軍事力を競い合っている大人たちが、とてもバカバカしく、悲しく思えるのでした。
 そればかりか、地球上には何千という核兵器がひそかに貯蔵されている、とロアンが小声で教えてくれました。
 なぜ、いつまでも同じ人類がいがみ合うのでしょう。私たちは、他の惑星に移住できるほどの知恵と力をもつまでに進歩しているというのに……。
 でも  シャトルからエア・ロックのドアを通って国連基地の建物に入るころには、ようやく「火星に来たんだ!」という実感がいてきて、だれもが歓声をあげたり、意味もなく肩を叩きあったり、笑い声をあげるようになっていました。れない宇宙ヘルメットを脱いで。普通の空気が吸えることがとてもしかったのです。
 基地内のホールでは、J・グレーン隊長を始め、何人もの基地隊員の歓迎を受けました。
 私は、最年少ということで、代表する形でバラの花をいただきました。たった二本の真紅のバラの花  でも、それが火星の土によって花ひらいた貴重なものだと知らされたとき、私は何ともいえない感動で涙があふれそうになりました。
 二本のバラは、不毛の火星でうまれた”いのち”そのものの美しさで輝いていたのです。その”命の花”は、私の手には無限の重さといとおしさをズッシリと感じさせてくれたのでした……。

 三十分後、メインホールで始まった私たちの歓迎式は、突然、鳴り始めた警報ブザーで中止になりました。
 急いで宿舎へ向かっていた私たちは、厳しい振動と爆発音で廊下に叩きつけられました。
「米ソの軍事基地が、戦争を始めたのではないか  !?」
 すでに、隕石などによる事故ではないと知らされていた私たちは、とっさにそう考えました。
 でも実際には、このとき、異星からの飛行物体同士の戦闘が起こっていたのです。
 間もなく私たちは、破壊されたコントロール本部の空っぽになった空間のむこうに、これまでに見たこともない飛行物体同士の戦闘シーンを発見しました。
 巨大な合金製のロボット型のものが、ものすごいスピードで飛び交いながら、稲妻のようにビーム兵器を撃ち合う戦闘。それは、まるでSF映画そのままの姿でした。
 ただ、それが映画や立体映像ではない証拠に、ビームが当たった基地の建物や地上用の車輛、作業用ロボットなどが一瞬のうちにふっとび、あるいは爆発炎上し、直撃をうけたものは跡形もなくなるのです。これは、まぎれもなく現実のできごとなのでした。それでいて、なぜか不思議に実感が伴わない光景  
 恐怖の実感がとっさに湧いてこなかったのは、ロボット型の戦闘マシーンや、その火器などの全てが地球上では見たこともないもの  明らかに別世界から出現したものだと感じられたせいだったようです。
   凄まじい閃光
「危ない! アンナ!」
 誰かが私にぶつかってきて、本当は私を体当たりでってくれたのですが  私は、建物のなかへ倒れながら、すさまじい爆風のなかにちぎれて飛ぶ真紅のバラの花びらたちをハッキリと見ていました。
(いのちが理不尽な力によって殺されてゆく……!)
 私の背中の中を、ドライアイスの針を通したような恐怖が貫いてゆきました。
「畜生ーッ!……」
 デビッドが、奇妙な形で倒れた友達のジュノのそばでをかざしていているのが見えました。ジュノは即死でした。
 他にも、体験教室の仲間や、基地隊員たちが倒れていました。
 みんな死んでいるのでした。
「中へ、早く!」
 誰かの声に鞭打たれるように、私たちは残った建物の地下室へと避難しました。
 外ではまだ戦闘が続いていることを示す音と振動が伝わるなかで、私たちは息を殺していました。
 永い時間……実際には二、三分か、せいぜい五分くらいだったのでしょうが、不意に戦闘音がやみました。
 私たちは、改めて周りを見まわしました。私のそばには、エリザベス、シモーヌ、そしてロアン、アーサー。扉口の近くにデビッドがいました。他には、四、五人の基地隊員の大人たち  それだけでした。後で判ったのですが、国連基地で生き残った人間は、この地下室にいた私たちだけだったのです。
   ズシン……ズシン……ズシン……。
 やがて、重い足音がして、あのマシーンが一台近づきました。
 マシーンが停まり、息づまる沈黙  そして、カッ、カッ、という靴音……。
 心臓がとび出しそうな時が過ぎて、靴音の主が姿を見せました。
 宇宙服にヘルメットをつけた人間  でも、それらは地球のものではありませんでした。
 でも、ヘルメットをとったとき、その中から現れたのは、顔色こそ青ざめてはいるものの、まぎれもなく地球人  十六、七歳の見知らぬ少年でした。
 私は、なぜがドキリとしました。
 その見知ら少年が、その深く澄んだのなかに、とても深い悲しみをたたえているのが感じられたのです。
「グラドスから来た。地球は、われている……」
 少年の名は、アルバトロ・ナル・エイジ・アスカ。
 いまグラドス星から、グレスコ提督ひきいる宇宙艦隊が地球征服にやって来るというのです。エイジは、それを知らせるために来たと。
 とっさに、誰も彼の言葉を信じることなどできませんでした。
 エイジは、ひとまず”捕虜”ということになりました  

 一九九六年十月七日。
 この数日間のことをくわしく語るには、とても私の日記帳では足りません。
 祖国グラドスを裏切った叛逆者としてのエイジ追討のためのSPT(ロボット型戦闘メカの呼び名だそうです)の編隊が襲いかかってきたのです。
 エイジは、私たちを守るために、自分の乗ってきた”レイズナー”というSPTで単身戦いました。その間に私たちは、アメリカ軍事基地へ向かったのです。
 ところが、基地がようやく見える丘の上にたどりついたとき、アメリカ軍基地はソ連軍の核ミサイルの攻撃を受けて一瞬のうちに消え去り、巨大なクレーターだけになりました。
 後で判ったことですが、グラドス軍の巧妙な介入により、米軍基地とソ連軍基地が互いに相手側の不意討ちと誤解し、核ミサイルをちあったのです。勿論、ソ連軍基地も跡形もなくなりました。両国の軍部は、この火星の基地にまで核兵器をひそかに持ち込んでいたのです。
 私たちは、あまりのことに言葉をなくしていました。
 他にも幾つかの国の観測基地や共同基地がありましたが、全て、グラドスのおそるべきSPT隊の攻撃の前に破片すら残らないほど完全に粉砕されていました。
 火星地表に生き残った地球人は、アーサー、デビッド、ロアン、シモーヌ、私とDr.エリザベスだけでした。国連基地の生き残り隊員の人たちもこれまでの脱出行の間にSPTの犠牲になったのです、私たちの命を守るために  
 そして、生き残った私たちにもグラドス軍のSPT隊が攻撃をしかけてきました。
 このときけつけてくれたのが、エイジの乗るSPT”レイズナー”でした。
「ぼくは、命をけてみんなを守る。そして、地球へ行き、真実を伝えるんだ」
 エイジは、私たちを助けて行を共にしながら、それが父親に託された使命だということを教えてくれました。
 おどろくべきことに、エイジの父、ケン・アスカは地球人だったのです。アメリカのアポロ月計画のはじめ”アポロX計画”によって単身、月面に到着した宇宙飛行士でした。通信装置の故障のため、失敗と見做され、公表はされなかった秘密計画。
 だが、月面にはグラドス星の探査船が地球監視の任務についていて、アスカ飛行士を捕虜として本国に連れ帰ったのです。アスカ飛行士は、グラドス星の科学者グループによってあらゆる調査を受けました。このとき、医療チームの中にいたのがグラドス人の女医アイラでした。
 やがて二人の間には人種を超えた愛が芽生え、生まれたのがエイジ  
 すなわち、エイジはグラドス星人と地球人の混血児だったのです。
 でも、地球人の武力による宇宙進出に危機感を抱いたグラドスの支配層は、将来、グラドスと地球の星間戦争を未然に封じ込める政策として、地球征服を決定。地球をグラドス星の植民地とするために、グレスコ提督ひきいる宇宙艦隊を派遣したのでした。
  父は、そのことを知って、ふるさとの地球と地球人を守るために、ぼくをグラドス艦に潜入させたのです……」
 私たちは、しだいにエイジの言葉を信じるようになりました。
 でもデビッドだけは、友人を眼の前で失った恨みを忘れてはいませんでした。
 無人基地に隠れていたとき、デビッドとエイジはとうとう大喧嘩になりました。
 られっ放しだったエイジの唇が切れて、赤い血が流れ出ました。
だって殴られれば痛い! 切られれば赤い血がでる! 同じ人間なんだーッ!」
 エイジの怒りが爆発し、デビッドの大きな体が宙に舞っていました。
 鮮やかな”一本背負い”  日本の柔道のだったのです。それはエイジが父から教わったまぎれもない地球の武道でした。
   地球人と同じ、腹がたてば怒り、悲しいときは涙する。でも、楽しいときには笑顔をみせるエイジ。彼は、そのときから異星人ではなく、私たちの”仲間”となったのでした。運命をともにする真の仲間に……。

 やがて、救援の望みも断たれ、火星脱出の手段もなくなった私たちは、エイジが母艦から脱出のときに使ったシャトルに搭乗して地球をめざす決死の脱出方法で火星をあとにしました。
 追撃してくるグラドス軍を危機一髪でかわしながら、なんとか月面へたどりついてみると、月面都市も無人攻撃用マシーンに破壊されたあとでした。
 そして、地球へ  
 私たちが無事に地球へ生きてたどりつけたのは、奇蹟という他にありません。
 でも、そのとき、グレスコ提督の艦隊は、地球征服のための直接攻撃をしかけてきました。
 はじめ、異星人の存在など信じようともしなかった各国の指導者たちは仰天しました。
 私たちの太陽系から二万光年離れたデウズス太陽系のグラドス星  その星は、地球方向からは小惑星群に眼かくしされる恰好なため、くわしい観測などなされていなかったのです。まして、そこに地球人をはるかにしのぐ科学力をもった知的生命体が存在することなど予想もしていませんでした。
 でも、皮肉なことにグラドス軍の攻撃によってはじめて、エイジが命がけで知らせようとしたことが真実だったと証明されたのです。そのときはもう、手遅れだったのですが……。
「地球を守れ! 人類の誇りを守れ! そのために地球のもつ前軍事力を投入せよ!」
 米大統領、ソ連首相、その他の有力な各国の領袖たちは、”異星人撃滅”のをとばしました。
「武力をもってしてもグラドス軍には抵抗できない。多くの血を流すより、話し合いを申し入れるべきだ」
 エイジの理解者である国連宇宙局のギルバート博士らが、グラドスとの話し合いを提唱しました。でも、地球の軍事力を過信する大人たちは、無謀にもグラドス軍に立ち向かっていったのでした。

 一九九六年十月十六日  
 軍事衛星が、ミサイルが、戦闘機が、グラドス軍のSPTによってあっという間に消えてゆきました。グラドスの科学力の前に地球の軍事力など物の数ではありませんでした。
 さらにグレスコ提督は、地球のオゾン層に穴をあけ、太陽からの紫外線をはじめとする宇宙線によって、街を、森を、地球上の全てを焼き払う作戦にでたのです。
「このままでは、緑の宝石のように美しい星・地球そのものが不毛の死の星になる……!」
 それまで、地球人  特に、各国の指導者や軍人、おためごかしの御用学者などの偉い大人たちに不信感につのらせていたエイジは、それでも地球を救うために立ち上がりました。
 火星以来、エイジと行動を共にしていた私たちも、エイジと共にシャトルに乗り込んでグラドス軍のオゾン層破壊用のミラー衛星を攻撃するために飛び立ちました。
 でも、そこにはグラドス軍のSPT編隊が待ち構えていたのです。
 エイジは、レイズナーで単身”V−max”という超加速装置を発動させ、グレスコの母艦へ突入してしまいました。
 エイジは、宇宙空間で、姉さんのジュリアの婚約者であり、兄のような存在だったゲイル中尉という人を、戦いのなかで死なせていました。エイジは、どんな戦いでも人を直接殺してはいません。でも、ゲイルの不慮の死は相当ショックだったようです。
 そして、地球へ来る途中、お姉さんのジュリアは、エイジがゲイル中尉を殺したのではないかと誤解して、攻撃をしかけてきました。
 ジュリアはエイジと争い、SPTごと海に中へ落ちました。でも、このとき、エイジはゲイルという人が死の直前にのこしたダイイング・メッセージをジュリアに伝えたそうです。
「……この星、地球は美しい……このの星は、守られるべきかも知れない……」
 このゲイルという人の言葉で、ジュリアは誤解をときました。でも、そのときから行方不明になってしまいました。
 いま、エイジがグレスコ提督の母艦に単身突入した心の奥には、こうした悲しいできごとが重くのしかかっていたのだと思います。
 こうして、エイジはレイズナーとともにすさまじい閃光をのこして、消息を断ってしまいました。
(エイジは、死なない……きっと生きている。だって、これまでに数々の奇蹟をもたらした人だもの……!)
 わたしは、そうした確信があったから、泣いたりはしませんでした。
(悲しみの涙はもうたくさん! いつか、エイジと再会したとき、喜びの涙を流そう……そのときまでは、涙を流さない! どんなにつらくても)
 わたしは、ひそかに心の中で誓いました……。

 それからの時の流れは、地球と人類にとって、とても永く苦しいものでした。
   一九九六年十月二十九日、グラドス軍の全面勝利。地球、無条件降伏。
   一九九六年十一月一日、グレスコ提督による占領軍政府の発足。
   同日より、旧地球側指導者(政治家、軍首脳など)の軍事裁判と、その処分開始。
   同じく、同日付をもって旧国家、国境等の廃止……。
 グラドス占領軍総司令官グレスコ提督は、地球を完全に掌握し、支配体制を整えるために、古い地球のあらゆるものを解体してしまいました。
 その結果、人類は、人種・国家・性別・地位などといったものにいっさい関係なく平等になり、私有財産も没収されました。ただし、これは”グラドス占領軍政府に忠誠を誓う”ことが条件でした。
 地球人類は、永い歴史のなかで、国家や民族、人種、政治的主張などの相違によって絶えず争ってきました。ところが、皮肉なことに、グラドスの占領によって、強制的に”平等”になったのでした。
 言いかえれば、地球上の全人類は、平等にグラドスのとなったのです。
   一九九七年一月十五日、旧ニューヨークにグラドス占領軍本部(近代的ピラミッド型の建物で、通称”グラドス・タワー”)完成。
   一九九七年二月一日、「文化矯正隊」発足……。
 グレスコ提督の政策は、占領軍に抵抗するいわゆるゲリラ隊に対する武力制圧の他に、文化面にも及びました。
 文化矯正隊というのは、旧地球のあらゆる文化を破壊する特殊部隊です。たとえば、博物館、美術館、図書館などの文化・芸術施設を破壊焼却するだけでなく、あらゆる本、絵画、テープ類まで、地球のあらゆる地域であらゆる民族が歴史とともにつくりだしてきた文化が焼却されてゆきました。
 それに対抗して、ひそかに地球の文化を守ろうとする人々がうまれました。
 大切な美術品を隠したり、本やテープを避難させたりするほかに、地球の歴史や文化を記憶してつぎの世代に語り伝える運動も行われました。
 私も、貴重な本を読み、記憶する文化の伝承者グループのメンバーになりました。武器をもって直接グラドス軍と戦う力はなくても、私にできる戦い方だったのです。
 私は、文化矯正隊のサイレンと、火炎放射器にえながらも、あらゆる本を読み、命がけで記憶する仕事を続けました。
(いつか、エイジと再会したとき、私は、彼のもうひとつのふるさとである”地球”の全てを話してあげたい……!)
 私は、ひそかにそう決心していたのです。
 でも、エイジの消息は、まったくありませんでした。
 エイジは占領軍により、特別国家叛逆罪で手配され、莫大な賞金がかけられていました。それにもかかわらず、エイジの手がかりはグラドス軍にもつかめないようでした。
 そうして、月日と共にもうエイジは死んだのではないか  と、軍当局さえも考えるようになったようです。
 でも、私は、めませんでした。
 地球文化の伝承者としての仕事を続けながら、エイジを探し続けました。
「エイジらしい人を見かけた」
 という情報があれば、どこへでも飛んで行きました。
 カナダ、アラスカ、西海岸、メキシコ……と、私はどんな不便なところ、危険なところへでも足を運びました。
(エイジは、きっと生きている……!)
 そう信じることだけが、私の生きる支えでした。
 一九九九年  グラドス軍の占領から三年がたち、私は十七歳になりました。
 占領政策は、地球の主要な部分に滲透して表面上は平和な日々でした。
 ゲリラ狩りと、文化矯正隊の活動によって、ときには銃声をきくこともありましたが、大多数の地球市民は、占領軍に与えられたパンに満足し、おとなしい羊のように生きていました。
 エイジの情報は、全くなくなりました。
 そのかわりに私は、散りぢりになっていた”仲間たち”に会うことができました。
 デビッドは、すっかり逞しさを加えてゲリラ部隊のリーダーになっていました。
 アーサーは、グラドス占領軍本部に下級官吏としてつとめていました。グラドスに忠誠を誓った地球市民には、こうした仕事が与えられていたのです。
 デビッドは、裏切り者とアーサーをりましたが、アーサーは「地球とグラドス人の潤滑油の役目で、地球人のためにやっていうのだ」と、反論していました。
 それよりも驚いたのは、ロアン。彼は、いち早くグラドス占領軍に協力し、いまやグラドス本部の中で相当の地位にあるという話でした。
「あいつ本当の裏切り者だよ」
 アーサーの言葉にデビッドもきました。
 私は、ただ、とても悲しい気持ちでした。
 きびしい運命と時の流れは、かつての仲間達をバラバラにしていたのです。考え方も生き方も違う人間に  
 そんなある日のことでした。
「”クスコの聖女”さまがやって来る!」
 廃虚となった旧ニューヨークに、そんなが口から口へと伝わってきました。
”クスコの聖女”とは、南米のペルーから突然あらわれた神秘な美しい女性でした。
 聖衣をまとっただけの”クスコの聖女”は、一眼みただけで「愛を感じさせ、やさしい気持ちにさせてくれる」力をもっていました。
 聖女は、地球人の解放を訴えてたくさんの信奉者とともに行進してきたのです。
 占領軍にさからうものは、叛逆罪として処断されます。でも”クスコの聖女”の前に銃口をつきつけたグラドス軍兵士は、その引き金を引くことができませんでした。
 針一本の武器も持たない聖女の清らかな視線の前に、なにもできなくなったのです。
”クスコの聖女”は、地球人を自由にするようグレスコ提督に面会を求めてきたのです。
 この”クスコの聖女”こそ、エイジのお姉さんのジュリアだと知ったのは、それからしばらくたってからのことでした。
「”クスコの聖女”さまをまもれ!」
 その声は、大きく世界に広がりました。
 そのためか、グレスコ提督もジュリアの処罰をすぐには命令しませんでした。
 デビッドたちは、真剣に「聖女を奪い返す」ための計画を練っていました。
 そのために、私たちもあらゆる情報を集めることに必死でした。

   西暦一九九九年十月十六日。
 私は、エイジを感じたのです。
 晩秋の空気がとても冷たく感じられる朝、旧ニューヨーク五番街。
 ボロきれのようなコートをまとった汚い若者が、グラドス軍人の士官の前で物乞いをしていました。兵士はもとより、地球人でさえさげすみの笑いをうかべて通り過ぎました。
(エイジ……!)
 私を見返した若者の瞳は、汚れた顔やい衣服からは想像もつかない、清らかでけだかいまでの光にみちていました。
「エイジ!」
 私は夢中でエイジの胸にとびこんでいきました。待ちに待った”再会でした”  
 エイジは、行方不明の間、元国連のギルバート博士とDr.エリザベスらで組織した地下抵抗組織に加わり、占領軍と戦っていたのです。
「生きていてよかった……!」
 私は、何度も涙と共にその言葉をくり返していました。
 エイジは、逞しい胸に私を抱きしめてキッパリと言いました。
「地球を自由にする戦いは、これからだ……!」

 グレスコ提督の息子ル・カインが若き司令官として地球に到着したのは、その日から五日後の一九九九年十月二十一日。
 美しい貴公子の冷たい仮面を想わせる顔の下に、鋼鉄の意志を誇り、そしてすさまじい闘志をもってル・カインは地球の若き王となったのです。
 その日から、エイジはルカインの宿敵として熾烈な戦いが始まりました。
 華麗にして冷酷な若き獅子ル・カインと、地球の自然の中で逞しくったき狼エイジとの闘いが  

第一章 エイジ vs.ル・カイン






     1 極秘情報


 地球歴一九九九年十一月二十九日、旧ニューヨーク市街  
 みぞれまじりの冷たい風の中、ひとりの男がダウンタウンを南へ向かって急いでいた。
 二級公務補佐官の制服の上にコートを着た長身の若者だ。というとカッコいいが、落ちつきのない眼と鼻の下の頼りないチョビ髭は、まぎれもないアーサー・カミングスJr.である。
 そのとき、サイレンの音が風にのってきた。
 アーサーはとっさにビルの壁にりついた。
 いやなサイレンの音と共に、ターミネーター・ポリスのホバー・カーが姿を現した。
 アーサーは、息をとめてさらに壁にぴったりと身を寄せた。
 高性能ロボットの治安警察官のセンサーにひっかかれば、問答無用でグラドス本部に連行される。そして、尋問……。
(冗談じゃないぜ。せっかくつかんだ極秘情報がパアになっちまう……!)
 アーサーの祈りが通じたのか、ポリス・カーは、ひとつ手前の大通りを右に折れて行った。
「ふうーっ……脅かしやがる!」
 いたアーサーは、すばやく壁を離れた。
 そこから五百メートルと離れていない廃虚のビルの地下に、エイジと仲間のデビッド、シモーヌ、アンナたちの秘密のアジトがあるのだ。
 アーサーは、入口をカムフラージュしているコンクリートの破片の山へ向かって、一気にけだした。
   合図のノックで、アジトのドアを開けたのは、アンナであった。
「エイジは?」
「さっき、地下工場から帰って眠ったばかりなの」
 エイジは、連日、ギルバート博士らの地下抵抗組織の秘密工場で、SPTの開発とテストにあたっているのだ。
「極秘情報だ、起こしてくれ」
 アンナが奥へ行こうとしたとき、エイジが現れた。
「エイジ  !?」
 アンナが、エイジに気づかいの眼を向ける。
「すまないが、熱いコーヒーをたのむ」
 アンナは、うなずいてキッチンへ向かった。
「極秘情報だって!?」
 エイジは、アーサーを促した。
「ああ”クスコの聖女”のことが判ったんだよ」
「”クスコの聖女”  姉は、やはりグラドス本部に捕まっていたのか」
 エイジの眼が光った
「らしいぜ。とにかく、今朝のうちに、ボストンの強制収容所に送られるって話だ」
  それ、確かなの?」
 コーヒーを運んできたアンナが心配そうにきく。
「輸送隊のメカニックをやっている連中から聞いたんだ。間違いないよ」
 アーサーは、自分で大きくうなずき、熱いコーヒーを音をたててすすり始めた。
 エイジは、そのまま出て行こうとした。
「待って」
 アンナがその腕をおさえた。
「デビッドたちが戻るまで待って」
「ムチャはしない。様子をみてくるだけだ」
 エイジはそっとアンナの手を外し、アーサーに軽くいて戸口へむかった。
「気をつけろよ、エイジ」
 アーサーに答えるかわりにが閉まった。
 アンナが素速く駈け寄ってドアに掛け金をかけた。
「デビッドたちは?」
「ゲリラ仲間との打ちあわせに行ってるわ」
 アンナは、ドアの外をうかがっている。
「シモーヌも一緒なのか?」
  え?」
 アンナがふり向いた。
「あ……いや、別に、どうってことないけどさ」
 アーサーの頬がポッと赤らむのをアンナは見のがさなかった。
「シモーヌは地下工場よ。Dr.エリザベスのお手伝いをしているわ」
「あ、そうか、大変だよな」
 アーサーは、意味もなくアハハと笑って、コーヒーの残りを一気に飲みほした。
「まさか、……!?」
 アンナの呟きに、アーサーは思いっきりむせた。

 アジトのビルを出たエイジは、すぐに横の路地から裏通りへ抜けた。
 そこはコンクリートの破片、砕けたガラス、つぶれた車の残骸などが通り一面に散乱している。人の気配はない。みぞれもやんで、冷たい風だけが吹き抜けている。
 エイジは、その風の中を歩きながら、アーサーの情報について考えていた。
 三年前、行方不明になったジュリアが”クスコの聖女”として生まれ変わった姿を見せたのは、わずか二週間前のことだ。
 地球人を解放するようグレスコ提督に会いに行ったあと、再び消息を断った。
 多くの信奉者をもつ無抵抗な”クスコの聖女”に直接手を下すような愚かなことは、さすがのグレスコもしなかった。とはいえ、ひそかに拉致することはあり得る。
(ジュリアはの姉だ。なんとしても助け出し、仲間の信奉者たちのもとへ返す……)
 そうすることが、姉の愛するゲイルを亡きものにした弟としてのせめてもの償いだと思い定めていた。
 エイジは、一ブロックほど一気に駆け抜けた。
 三年前、グラドス群の直撃弾を受けて広場となっている場所に出た。
 正面に三角形のグラドス・タワーがくっきりと浮かんでみえる。それは、冷たく禍々しい輝きであった。
(もしかして、作戦ではないか!?)
 不意に、エイジの勘が警報を鳴らした。
 いくらアーサーがグラドス本部に勤務しているとはいえ、そう簡単に極秘情報を入手できるかどうか。
(それは、直接あたってみれば判ることだ。俺には、レイズナーがついている……!)
 エイジは、躊躇うことなく左腕の通信装置で”相棒”にコール・サインを送った。
 数秒後  レイズナーは、エイジの前にその姿を現した。
 幸いポリス・カーの気配はない。
 エイジは、昇降ケーブルに身を預け、レイズナーのコクピットにとび込んだ。
 キャノピーをしめる。
 既に、メイン・コンピューターのレイによって自動的に運ばれてきたレイズナーのエンジンに暖気運転の必要はない。
(もし、ル・カインと対決できれば、姉の手がかりがつかめるかも知れない)
 最悪の事態となっても、レイズナーには、V−maxという超加速装置があるのだ。
  行くぞ、レイ。まず、レーダー・サイトを避けて、超低空で迂回する」
『レディ』
 レイは、いつもの調子で答えた。
 同時にレイズナーは地を蹴り、五十メートルの低空飛行でハドソン河へ大きく迂回するコースをとった。
 一瞬、キャノピー越しに朝の光を受けてナイフのようにきらめくグラドス・タワーがエイジの眼をかすめた。

「エイジはどこ!?”クスコの聖女”の行方がつかめたのよッ!」
 廃虚ビルのアジトへ飛び込んできたシモーヌは、ドアをあけたアンナに大声でいた。
「レジスタンスの諜報網がキャッチしたんだけど……あら?」
 シモーヌは、立ちあがったアーサーを意外そうに見た。
「アーサー、こんな時間にどうかしたの?」
「どうやら、ぼくの情報が一足早かったらしいな」
 アーサーは、得意そうにまばらな鼻の下のヒゲをひねってみせた。
「”クスコの聖女”が、グラドス本部から移送されるって話だろ?」
「ええ、ボストンへ……じゃ、この情報は、どうやら確実のようね」
 シモーヌは、エイジの飲み残しのコーヒーカップをとって一気に飲みほした。
「あーっ、間接キッス!」
 アーサーが悲鳴をあげる。
「えーっ、これ、あなたの飲みかけ?」
 シモーヌが、毒薬でも飲んだような顔になった、
「エイジのよ」
 アンナが苦笑しながら言った。
「ああ、びっくりした」
「なんだよ、シモーヌ。まるで、オレだとバイキンでもついてるみたいじゃないか」
 そのとき、アンナがシッと眼くばせした。
 裏のもうひとつの秘密通路に靴音が近づいてくる。
 シモーヌが、すばやく拳銃を構えた。
 同時に、仲間の合図のノック。
「デビッドだわ」
 アンナが、裏口のドアをあけた。
 デビッドがとびこんできた。その顔は、黒く汚れている。
「どうしたの、その顔?」
 アンナがびっくりした声を出した。
「ゲリラ狩りのグラドス軍と出っくわしてドンパチやってきたんだ」
 言いながらもデビッドは、眼でエイジを探している。
「エイジは奥か?」
「さっき、偵察に出て行ったわ」
「なんだって!? せっかく”クスコの聖女”の情報をつかんだってのに!」
 シモーヌの顔がピクリと動いた。
「デビッド、その情報、どこで  ?」
「ゲリラ仲間からの情報だ。聖女がボストンに送られるらしい」
 シモーヌたち三人が、えっと思わず顔を見合わせる。それをデビッドが見とがめた。
「妙な顔して、どうしたんだ?」
「デビッド、私もアーサーも同じ情報をつかんで来たのよ」
「え……?」
「とびきりの極秘情報だと思ったのに、ガックリだよ」
 アーサーもすっかり拍子抜けといった様子で肩をすくめた。
「おかしいわ、絶対に……」
 とシモーヌ。
「ええ、極秘情報のはずなのに、三つものルートかられてるなんて……」
 アンナも不安そうに大きな眼をみひらいた。
「そうよ、アンナ! これは、敵側がわざと漏らした情報だわ!」
「やっぱり、罠……!」
「多分、ル・カインのおびきだし作戦かもね。早くエイジに知らせなくちゃ!」
 そのエイジが、様子を探ると出かけていってから十五分が過ぎようとしている。
「エイジのことだ、自分の姉を助けるために仲間の手をわずらわすようなことはしない。ヤバいぜ!」
 デビッドはシモーヌを促した。
「SPTで追うんだ!」
「O・K! アンナは地下工場へ知らせて」
「おれが送ってくよ」
 アーサーが喚いた。
「間に合えばいいが  !」
 デビッドを先頭に一同はアジトを飛び出した。


     2 真紅の”V−max”


  レンジ・に目標物体、接近中!』
 レイズナーのキャノピーから、エイジは行く手地上に素速く視線を走らせた。
 グラドス・タワーの方向から向かってくる土煙が見える。輸送用の中型ホバー車を中心に、前後左右を小型の警備隊のホバー車がぴったりとガードしていた。
「レイ、目標は視認した。急上昇して、二秒後に攻撃だ」
『レディ』
 レイの返事と同時に超低空飛行からレイズナーは一気に八百メートルの上空へとけあがった。
「レイ、攻撃に入ったら上空を警戒してくれ。罠かも知れん」
 後の言葉は、レイにというよりもエイジ自身へ言いきかせたものだ。
『レディ』
 緊張のなかにあって、レイのコンピューター合成語の無感情な響きが妙に間のびして返ってきた。このレイの声は、ときにはエイジを苛立たせる。しかし、いざ戦闘といった今のような場合には、エイジの内心の興奮状態を静める役割を果たしてくれるのだ。
 グン、とエイジの全身に軽いGがかかり、レイズナーは急降下を始めた。
 レーザー・ガンの照準器の中心に、ミニ・カーほどの大きさだった地上のホバー・カーがぐんぐんと大きくふくれあがってくる。
(今だ!)
 エイジの指が軽く発射ボタンを押した。
 先頭を走行していた警備車にレーザーが吸い込まれる。
 円盤に似た警備車に亀裂が走り、炎が噴きあがるのが見えた。
 その先頭車が空気をふるわせて爆発するころには、エイジの指は第二の標的めがけてボタンを押していた。
 大半のホバー・カーが爆発、あるいは擱座するまでに十秒とかからなかった。
 地上では、投げ出され、あるいは自ら脱出した警備兵士たちが一目散に逃げ出してゆく。ガードすべきはずの中型ホバー・カーには眼もくれずにだ。
(やはり、あの中には”クスコの聖女”  ジュリア姉さんは乗ってはいなかった……!)
『アラーム・メッセージ!』
 すかさずレイの声が響いた。
『レンジ・1に敵SPT、急速接近!』
「おいでなすったな、ル・カイン!」
『型式確認、ザカール!』
「O・K、レイ」
 エイジは、大きくレイズナーを反転上昇させながら、キャノピー越しに上空へ接近する金色のSPT・ザカールを認めていた。
「やはり現れたな、エイジ。今日こそこの手でお前を血祭りにあげてくれる!」
 ル・カインの言葉よりも早く、稲妻のような攻撃がレイズナーを襲った。
 レイズナーは、からくも第一波の攻撃をかわして左に旋回しながら応戦態勢をとった。
「やっぱりこいつは俺をおびき出す罠だったんだな。しかし、見たところお前ひとりのようだが、部下はどこに隠れている?」
「見そこなうなよ、エイジ。お前ごときを倒すのに部下の手など借りる必要はない。堂々と一騎打ちでき落としてやる!」
「ル・カイン、その前に聞きたいことがある。”クスコの聖女”はどこだ」
「知らん」
「本当だな」
「が、見当はついている」
「グレスコ提督か!」
 ル・カインはそれには答えず、激しい攻撃をしかけてきた。
 エイジもとっさにレーザー・ビームをりながら反撃を繰り出す。
「ル・カイン、お前の親父は息子を完全には信頼していないらしいな」
「黙れ!」
 通話器に亀裂が走るかと思われるほど、ル・カインの叫びは怒りにみちていた。
(痛いところをついたらしいな、ル・カイン)
 はたして、ル・カインは矢継ぎ早の攻撃をしかけてきた。が、逆上しているとは思えない的確な射撃である。
 エイジは必死にかわしながら瞬間的に照準をよぎるザカールをい撃った。
 激しいレーザー・ビームの応酬が空気を焦がし、ときにレイズナーのキャノピーを震わせた。
 ショック!
『右脚部被弾、損害軽微』
「レイ、V−maxで決着をつける!」
『レディ』
 瞬間的にV−maxのコードが打ちこまれ、加速装置がぶんと発動した。通常の二倍のGがエイジをレイズナーのシートに押しつぶしてくる。だが、同時に与圧装置も作動して、エイジの動きや思考を通常レベルに戻してくれた。
 き流星となったレイズナーの照準器に、鈍い動きとなったザカールが入ってきた。
(急所は外す  今だ!)
 エイジの指がザカールの胸部に向かってレーザー・ガンを発射した。だが、その瞬間、ザカールは照準器から消えていた。
『敵SPT、レンジ・2に急速移動!』
 エイジが眼を転じると、ザカールは真紅のオーラに包まれながら、なおも高速で移動している。信じられない動きであった。
 と、つぎの瞬間、赤き流星となったザカールは、レイズナーに向かって突っ込みながら連射してきた。
 エイジは、瞬間的にレイズナーを右に転回させて逃れようとはかった。
 だが、ザカールの動きはそれを上回っていた。
 ガッ! ガガッ!
 激しい被弾のショックがエイジの全身に伝わってきた。
 同時にキャノピー越しにレイズナーの左腕がふっとんでゆくのが見えた。まるで、眼に見えない巨大な力でもぎとられたように無惨な引きちぎれ方であった。
「こんなバカな!」
 思わずエイジはいた。
 その耳に勝ち誇ったル・カインの哄笑がとび込んできた。
「エイジ、V−maxはレイズナーだけの独占装置ではない」
「何だと!?」
「しかも、このザカールは、通常のV−maxを十五パーセント上回るハイパー・レッド13のエネルギーで加速されているのだ」
 ル・カインの言葉はではなかった。
 蒼い流星となって飛ぶレイズナーの動きよりも、ザカールの赤い流星の動きが明らかに速く、ザカールの射程距離外へ出ようとするレイズナーはたちまち捕捉されていた。エイジがそう感じた瞬間には既に数カ所に被弾していた。
『……左腕部及び右脚部、完全損傷。第一、第二動力機関部破損。メイン・レーダー機能停止。バイパス回路、破損……』
 レイの悲鳴は続いた。
 エイジは、もはやザカールに対する反撃の余裕はなく、レイズナーの平衡を保つために必死であった。はねあがる操縦桿を抑えこみ、片手で切断された電気系統を切り、フット・レバーを蹴りあげた。だが、独楽のような回転を抑えるだけの効果しか得られなかった。
『……制御不能。搭乗者は脱出せよ……搭乗者は脱出せよ……!』
 レイの警告はすでに遅く、満身創痍のレイズナーは地上に向かって落下してゆくのみ。完全なる敗北であった。
 だが、不思議なことにザカールは、それ以上の攻撃を中止して、レイズナーの動きを追って降下してきている。
 レイズナーは、そのザカールの前でぶざまに荒野へ叩きつけられた。幸いなことに、内部からの爆発は起こらない。
 一瞬、エイジはキャノピーをあけて脱出することを考えた。だが、眼の前に立ちはだかったザカールを見て、その考えをやめた。ザカールの照準器の真ん中にエイジの姿が確実に捕捉されているのは明らかであった。
「ル・カイン、なぜ撃たない!」
「今となっては、死を急ぐこともあるまい。レイズナーを叩き潰す目的は果たした。場合によっては、命を助けてもよい」
「敵に情けをかけるつもりか。そのりがお前の命取りになるぞ」
 ル・カインは、それには答えなかった。
「ひとつ訊きたいことがある。レイズナーに隠されている秘密とは何だ!」
「レイズナーの秘密……!」
 ル・カインは、ザカールの銃口をピタリとレイズナーのキャノピーに定めたまま、一歩を進めた。


     3 レイズナーの秘密


「言わないつもりか!」
 ル・カインの声と同時に、ザカールの銃口が火を噴いた。
 レーザー・ビームが、レイズナーのキャノピーをかすめて、すぐ後ろの岩をふっ飛ばした。
「レイズナーに隠された秘密とは何だ!?」
 ル・カインは、キャノピーの中のエイジの頭部に銃口を向けた。
「私は、貴様と違って人を射つことにためらいはない。まして、お前は叛逆者だ。仕留めれば勲章ものだからな」
 ザカールのキャノピーの中で、ル・カインが白い歯をみせるのが、エイジの位置からも見える。
(ル・カインは、本気だ)
 エイジは、覚悟を決めた。
「レイズナーには”フォロン”という、もうひとつの伝承コンピューターが隠されていた」
「フォロン……伝承コンピューター!?」

「おそらく、今の戦闘で破壊されたと思うが、そのフォロンが秘密をもっていた」
 エイジは、かつて、通常コンピューター”レイ”の奥に隠されていた”フォロン”を発見したのだった。実は、V−max装置をも”フォロン”が握っていたのである。
「その秘密とやらを聞こう」
 ル・カインは、銃口をつきつけたままでエイジを促した。
「”フォロン”は、グラドスの”神聖マザー・コンピューター”の古い記憶の一部を受け継いでいた……」
「”神聖マザー・コンピューター”には、支配層でも特別な人間しか近づけないのだぞ!? その記憶をどうやって!?」
 その方法は、エイジにも判らなかった。
「まあいい。”フォロン”は、何を記憶していたのだ?」
 エイジは、かつて”フォロン”から伝承を受けた事実を話した。
「グラドス人と地球人は、同根  つまり、一本の茎に咲いた二つの花とおなじ、同胞だということだ」
「グラドス人と地球人が同じ……バカな!」
 ル・カインの哄笑が爆発した。
  エイジ、貴様、戦闘のショックで脳がおかしくなったな」
「おれは、事実を言っている」
「地球人など、猿に毛の生えたような下等動物だ。それが、わがグラドス人と同胞など……たわ言にもほどがある」
 ル・カインは、誇り高い男だ。グラドス支配層の中でもエリートである。信じられないのも当然であった。
「エイジ、同じ命乞いの嘘ならもっと上手な作り話にすることだ」
「真実は、曲げるわけにはいかない」
「まだ言うのかッ!」
 ザカールが地響きたてて一歩を踏み出した。
 その銃口は、レイズナーのキャノピーすれすれに迫っている。
「エイジ、貴様の父親は野蛮な地球人だ。グラドス人との混血である自分を正当化するために、貴様のいびつな頭脳がしぼりだした幻想な物語  図星だろう!」
「ル・カイン、嘘や作りごとだと思うなら、お前の父親  グレスコ提督に聞いてみろ!」
「父上にきけだと!? 本当に気が触れたか!?」
 ル・カインは、キャノピー越しに探るような眼を光らせた。
「グレスコ提督に聞いてみるんだな」
 エイジは、ル・カインを強く見返した。
「父上が……父上も知っていることだと言うのか!?」
「そのとおり。提督は、証拠となる物を密かに探しているはずだ」
「バカな!……もし、万に一つ、お前の言うとおりなら、息子の私が知らぬはずはない」
 銃口は、エイジを狙って動かない。
 だが、ル・カインの眼はエイジの視線から逃げるように動いた。
 その精神的な同様をエイジは見逃さなかった。
「どうやら、グレスコ提督は、自分の息子を百パーセント信用していないらしいな」
「黙れッ! これ以上、侮辱すると許さん!」
 ル・カインは、冷静さを失っていた。
「おれを殺しても、真実は消せないぞ」
「ためしてみるか  
 ザカールの銃口がピクリと動いた。
(やられる!)
 エイジは、やり過ぎたことを一瞬、悔いた。
 ル・カインのプライドは、おそらくいまのエイジの言葉で深く傷ついたようだ。
 ザカールのコクピットからエイジをみすえたル・カインの眼が、スッと捕捉なった。
  死ねッ!」
 そのときであった。
 ザカールが四十五度で体をひらき、銃口は後方上空へと向けられたのだ。
(デビッドたちか!?)
 エイジは、背筋に伝う汗を感じながら、ふと甘い期待を抱いた。
 だが、上空へ出現したのはグラドスのSPT編隊であった。
「うるさいぞ、あっちへ行け!」
 ル・カインが一喝を浴びせた。
「私は、カルラ少尉です」
 エイジにも、先頭のカルラ機には見覚えがあった。
「フン、父上の女スパイなどに用はない」
 ル・カインは、銃口で追い払うような仕種をみせた。
 だが、カルラたちの編隊は、その上空でホバリングしたままである。
「私のことは何と仰せられても構いません」
 カルラの声は感情を抑えた冷たい響きだ。
「私は、グレスコ提督のご命令により、エイジを抹殺します!」
「そうはいかん。これは、私の獲物だ!」
 ル・カインの声と共に、ザカールはレイズナーをうように立ちはだかった。
 エイジは、成りゆきを見守る他ににない。
「ル・カイン様、提督閣下のご命令です。ご自身で、エイジを始末なさって下さい」
「お前に指図されるいわれはない」
「では、私が  
 カルラ機が合図したらしく、SPTの編隊は散開に移った。
 そのとたん、ザカールの砲口が火を噴いた。もちろん、威嚇射撃だ。が、効果はあった。
「何をなさるんです!?」
 カルラの悲鳴が飛んだ。
「私の仕事を邪魔するは許さん! たとえ、誰であろうともだッ!」
「提督のご命令です。遂行します」
 カルラも叫び返した。
 カルラの左右に移動した部下のSPTが、地上のレイズナーめがけて発砲してきた。
 一弾がレイズナーの右脚部に命中し、一弾がエイジのいるコクピットのすぐそばで砂塵を巻きあげた。
 同時に、ザカールの砲口も火を噴き、左側のSPTの胸部のど真ん中を貫いていた。
 三十メートルほど後方へすっ飛んだSPTは、地上に倒れると同時に巨大な火球となった。
「ル・カイン様、提督閣下にお手向かいなさるのですか!?」
 カルラも急上昇して距離をとりながら叫ぶ。
「提督は、わが父。なぜ、直接、私に命令しないのだ!?」
「それは  
「なぜ、女スパイの貴様に命令するのかッ!?」
「存じませぬ! 私は、ただ任務を  
「うるさい! 貴様のような奴は眼ざわりだ。消え失せろッ!」
 ル・カインの声は、完全に逆上していた。
 上空でとまどうカルラとその部下たちは、ザカールの猛攻を浴びてやむなく後退してゆく。
(今のうちに脱出だ)
 エイジは、レイズナーのキャノピーを開いた。
「エイジ、無事かッ!」
 デビッドの声が通信機にとびこんできた。
「デビッド!」
 一方の丘の上から超低空飛行でデビッドとシモーヌのSPTが近づいてくる。
「来るなッ、レイズナーはもうダメだ!」
 エイジは必死に叫んだ。
 ザカールが再び頭上に近づいてくるのだ。
 エイジは、覚悟を決めてコクピットから立ち上がった。
「ル・カイン、お前が本当に勇気のある男なら、真実から眼をそむけるな」
 ザカールは、まっしぐらにエイジに向かって突っ込んできた。
「真実  それが、レイズナーの秘密だ」
 ザカールのキャノピー越しに、ル・カインの白皙の顔が限りなく接近し  ニヤリと笑った。
 次の瞬間、ザカールはエイジの眼の前から急上昇していった。
 同時に、エイジはその風圧で荒野に叩きつけられていた。
「確かめてみる気になった。エイジ、しばらく命は預けておこう」
 ザカールは、ル・カインの声を残してグラドス・タワーへ向かって一直線に飛び去っていった。
 エイジは、乾いた土の上で半身を起こしたままで見送った。
(戦いには敗れた。だが、ル・カインの心にもを打ちこんだのだ……)
 結果として、レイズナーの秘密がエイジの命を救ったとも言えるのだ。
 いま、デビッドたちは、無惨に破壊されて横たわるレイズナーの前で立ちつくしていた。
「レイズナーが……」
「信じられない……」
 デビッドとシモーヌのきが風にちぎれてゆく。
「レイズナーは、確かに壊されたよ。だけど、ル・カインのプライドも相当にダメージを受けているはずだ」
 エイジの言葉に、デビッドは黙ってドスンとエイジの肩を叩いた。
  五分五分ね」
 シモーヌも硬い笑顔をみせた
「とにかく、こいつを地下工場へ運ぼう」
 デビッドとシモーヌが素早く動き始めた。
 エイジも手伝いながら、ふとグラドス・タワーの方を見やった。
(それにしても、グレスコ提督は一筋縄ではゆかない怪物……もしかして、姉さんも……)
 エイジは、グレスコ提督のつかみどころのない眼つきを思いうかべた。
 だが、この直後、グレスコが意外な運命に陥ることなど想像もできなかったのだ。


     4 ガラスのプライド


 グラドス・タワー  グラドス占領軍総司令部のピラミッド型ビルは、旧セントラル・パークに面している。
 ル・カインは、ザカールを専用格納庫に入れたその足で、グレスコ提督の専用フロアに通じる直通エレベーターへ進んだ。
「提督のご都合をうかがいます」
 警備の兵士が制止するのをル・カインは強引にふりきった。
「私が父に緊急の用件がある!」
 そのけわしい眼に、警備の兵たちはそれ以上、何も言わなかった。
 ル・カインは、急上昇してゆくエレベーターの中でも苛々と歩きまわった。
『……父親から信頼されていないらしいな』
 エイジの言葉が耳もとでしている。
「父は、私を信頼しているから地球へ呼びよせた。後継者とするために……!」
 ル・カインは、拳で扉を叩いた。
 と、そのとき、エレベーターは音もなく停止し、ドアが開いた。それが、グレスコ提督の専用フロアである。
 ル・カインは、急ぎ足に正面の執務室へと向かった。
  入れ」
 ル・カインは、グレスコの声に室内へ一歩踏み込んで、あっと眼をみはった。
 そこには、グレスコとカルラ少尉の他に”クスコの聖女”ジュリアが居たのだ。
「ジュリア  なぜ、ここに!?」
 ジュリアは、いかにも聖女と呼ばれるにふさわしい清らかな姿で立っていた。無言であった。
「わしが、話があって呼んだのだ」
 グレスコがかわって答えた。
「それより、お前はカルラの任務を邪魔したそうだな?」
 ル・カインの鼻腔に、提督が好んでく香の不思議ないが流れてきた。提督は、心を落ちつかせる香りだというが、ル・カインにとっては、イヤな匂いとしか思えない代物だ。特に、今は気持ちをムカムカさせる悪臭に感じられる。
「父上、あの香炉の煙を消して下さい」
 壁際のテーブルに青銅製らしい小さな香炉がかすかに紫煙をあげていた。
「ル・カイン、なにを苛立っている?」
「レイズナーの秘密を聞いたのです」
 ル・カインはグレスコの前に一歩を進み出た。
「ほう……」
 グレスコは、窓の外の広い庭園ほどもあるバルコニーに眼を向けた。そのバルコニーに出れば、セントラル・パークの美しい緑が見下ろせる。
「父上に、お尋ねしたい」
  何だ」
 グレスコがじろりとル・カインを見た。
「グラドス人と地球人は、同根  つまり同胞であるとエイジは言った」
 眼を伏せていたカルラが、ギョッとしたように顔をあげた。
 だが、グレスコも、ジュリアもほとんど表情を変えなかった。
「銀河宇宙の”選ばれたる支配者”であるわがグラドス人が、こともあろうに野蛮な地球人とおなじだなど、とんでもない大嘘を!」
  エイジは、嘘をつくような人間ではありません」
 ジュリアが静かに言った。
「黙れ、私は父上に訊いている!  エイジは、父上もご存知のことだなどとぬくぬくと」
「ル・カイン  
 グレスコは、ル・カインがなおもろうとするのを片手で制した。
「エイジの言うとおり、グラドス人と地球人が同根だ、というのは事実なのだ」
「な……なんと  !?」
 ル・カインの顔からスッと血の気が引いた。胸の奥でプライドにヒビ割れが走った。
「父上……冗談では済まされないお言葉!……それとも、錯乱なさったのですが!?」
 ソファの肩をつかんだル・カインの手に力がこもり、イヤな音をたてた。
「この事実は、グラドスの支配層の中でもトップ・シークレットに属することだ」
「う・そ・だ……!」
「いずれ、時期をみてお前にも話すつもりだった」
「では……父上は、私のこの体にも野蛮な地球人と同じ血が流れていると言われるのですかッ!?」
 グレスコに詰め寄ったル・カインの眼は、怒りと混乱で血を噴きそうに見えた。
「そのとおりだ。希釈されたとはいえ、地球人と同じ血が流れておる」
「違う! 私は、純血のグラドス人……父も母も共にグラドス支配層の名家の血筋……」
「ル・カイン、偉大な支配者は、感情に流されてはならん。事実をいち早く掌握した上で、民衆を操作し、支配するために活用することだ」
「私は。認めない……誇りが、許さない!」
 ル・カインの眼は血走り、唇はピクピク震える。胸の中のヒビ割れは縦横に走った。
「冷静になれ。この事実は、地球の支配者となる上で、実に利用価値がある。つまらぬ誇りなどにこだわるな」
「誇りは、私の命だ。私は、野蛮人などと同じ下等な動物では断じてない!」
  ル・カイン!?」
 はじめてグレスコの眼にかすかな不安の色がよぎった。
「父上は、そう、地球病にかかられたのだ……だから、世迷いごとを口走られる……」
 ル・カインは、ひとり言のように呟きながら一歩また一歩とグレスコに迫る。
「落ちつけ、ル・カイン  
 グレスコもジリジリと後退しながら手で制しようとした。
「お黙り下さい。病におこされた者の言葉など、耳にもしたくない」
「それが父に向かって言う言葉か!?」
「だまれ」
「ル・カイン、貴様  
「黙れ!」
「狂ったか!」
「黙れーッ!」
 同時に、広い室内に銃声が轟いた。
「お、お前……!」
 グレスコの胸に、小さなバラの花が咲いた。
 いつの間にか、ル・カインの右手には拳銃が握られている。その眼はろだった。
 やがて、グレスコの軍服の心臓部に穿たれた小さな孔から鮮血が噴き始めた。
 すべては、一秒ほどの間の出来事だった。
「グレスコ閣下!」
 ジュリアが声を放った。
 ひっ、という悲鳴のような声をあげてカルラが突進し始めた。
 仁王立ちになっていたグレスコは、マネキン人形のようなル・カインの手から拳銃を奪い、カルラに向かって引き金を引いた。
「閣下  !?」
 カルラは、助走がついたまま二歩進んでヒュウ、という壊れた笛のような呼吸音を放って床にのめりこんだ。
 グレスコは、銃口をジュリアに向けた。
 はっ、とジュリアが息をのむ。
 グレスコの指が、引き金をしぼりこむ。
 同時に、の力が抜けて、グレスコは肩から床に崩れ落ちた。
 銃弾は、ジュリアの脇をかすめ去った。
「……ちち……うえ……?」
 ル・カインは、ようやく眼の焦点をグレスコに合わせるように見た。
「ち……父上!?」
 ル・カインは膝をつき、グレスコの肩を揺さぶった。
「ル・カイン……わしが、ジュリアを殺さなかった理由が、判るか?」
 ル・カインは首を振った。
「ジュリアは……”クスコの聖女”として、地球人どもを手なずける力をもった……その力を利用したかったのだ……」
 グレスコは、苦しい息の下から言葉をり出すように続けた。
「”クスコの聖女”を大きく育て……地球人の女神にする……そして、お前の妻とすれば……地球人を見も心も、完全に支配できる……理想の支配者と、なれる……」
 ル・カインは、激しく首を振った。
「バカな……!」
「そう……まだ、お前は、未熟  うっ!」
 そのとき、激しい痙攣がグレスコを襲った。
「父上ッ!」
「今と、なっては……遅い」
 グレスコは、最期の力をふりしぼって、ル・カインの胸倉をわしみにした。
「ジュリアを……こ・ろ・せ……」
 フッとグレスコの命の灯が消えた。
 ル・カインは、きものがおちたような眼でしばらくぼんやりとグレスコを見ていた。
 それから、のろのろと立ち上がった。
 やがて、棒立ちになったままのジュリアに眼を向けた。
 その手には、拳銃が握られている。
  聞いたな、父上の遺言を」
 ジュリアは、眼をみはったままであった。
 その胸にル・カインは銃口を向けた。
 ジュリアの眼には悲しみだけがあふれていた。
 ル・カインは、引き金に指をかけたまま言葉を続けた。
「父上は、古く悪しき支配者となられた。原因は地球病だ。その権力の座は、私に譲られた」
「…………」
「権力は、常に若くエネルギーに充ちたものと交換する。そのことによって権力はより強く、永久に保たれるのだ」
 ル・カインの眼には、しだいに強い光が宿り始めた。
「いま、私は、新しい権力を握り、支配者となった」
  そして、罪業をも背負われました」
 ピクリ、とル・カインの眉が動いた。
「それは、支配される者の使う言葉だ。私は、父上の名誉を守ったに過ぎん」
「…………」
「私は、理想の支配者としての道を進む。手始めに、父の命令を拒否して、お前に慈悲を与えてやろう」
 ジュリアは首をかしげた。
「お前の命を助けてやる。そのかわりに、この場で見たことの全てを忘れるのだ」
「それは、取引です。慈悲ではありません。慈悲とは、無償の愛  
 誰かの扉を叩く音と、人声が聞こえた。
「口をつぐめ! 命令だ!」
 ジュリアは、わずかに眼を伏せた。
 ル・カインは、ジュリアに冷たい一瞥をくれてから扉へ叫んだ。
「誰も入るな!」
 拳銃をしまい、ちょっと考えてから命令を伝えた。
「ロアン・デミトリッヒを呼べ!」


     5 忠実な部下


 ロアン・デミトリッヒは、グラドスに協力する地球市民のなかでも、優秀な頭脳を買われてメキメキと頭角をあらわし、すでに一級公務補佐官となっていた。
 ル・カインが地球着任と同時に、資料室の副チーフから引き抜かれ、秘書官グループの末端に加えられていたのである。
 年齢こそ若いが、優れた能力と高い忠誠度が評価された異例の出世であった。
 そのロアンが、ル・カインの命令を受けてグレスコ提督の執務室へ姿を現したのは、五分とたたないうちであった。
「お呼びですか、ル・カイン閣下」
 ル・カイン自身がドアをあけたために、ロアンの冷静な表情がわずかに揺らいだ。
「入れ」
 ル・カインは、ドアをしめて自らロックした。
 ロアンは、一、二歩進んでからギクリと足を停めた。
 血の匂いが鼻をついたのだ。
 ロアンは、一瞬だけ眉をひそめたが、冷静な表情で見やった。
 グレスコとカルラの死体があった。
 ジュリアは、窓際で横顔を見せている。その全身が夕映えに燃えるようにみえた。
 ロアンは近づいて、ふたりとも死んでいるのを見届けた。
「ロアン・デミトリッヒ  
 ロアンは何事もなかったようにル・カインを見た。
「見たとおり、アクシデントがあった……」
「は……心からお悔やみを申し上げます」
 ロアンは、軽く指で眼鏡をなおし、氷のような表情になった。
 ル・カインは、ロアンがその鋭い頭脳ですぐさま事情を察したことを見てとった。
「事情を説明する」
「は……」
 ロアンは、眼鏡ごしにル・カインを正視して次の言葉を待った。
「父上  グレスコ提督は、カルラ少尉を責めた。カルラ少尉は、レジスタンス組織に情報を漏らしている疑いが濃厚だったが、今日、その証拠があがったのだ」
 ロアンは、静かに頷いた。
「追いつめられたカルラは、逆上して提督に銃を向けた。とっさに私は、カルラを射ったが、カルラも同時に拳銃を発射していた……」
 ロアンは、カルラの死体に冷たい一瞥を投げた。
 そのカルラのホルスターには拳銃がおさまったままである。
「その銃弾が、提督の急所に命中してしまった……」
「残念なことです」
 ロアンの声は、まったく平静だった。
「そのとおりだ」
 ル・カインも沈痛な表情になった。
「だが、偉大なる父上が、しい裏切者の手にかかって果てたとなると、その名誉に傷がつく」
「閣下のお気持ちはよく解ります。万事、私にお任せ下さいますか?」
 ル・カインは、ロアンの眼の奥をのぞきこんでから大きく頷いた。
「私は、お前の優秀な頭脳と仕事ぶりを買っている。父上の名誉のために、全ての手配をしてくれ」
「かしこまりました」
 ロアンは、一礼するやキビキビと動きだした。
 まず、カルラの死体のホルスターから拳銃を抜きとる。
 一瞬、ル・カインの眉が動いた。
 だが、ロアンはソファの敷物を丸めて銃口を押しつけ、一発射ちこんだ。
 ル・カインの頬がふっとゆるんだ。
 ロアンが拳銃を改めてカルラの手に握らせる。
 それをみてル・カインは初めてグレスコ愛用の椅子に腰をおろした。
 ロアンは、ふたつの死体を不自然にならない程度に動かし、まわりの状況をも整えた。
 弾丸を射ちこんだ敷物は、提督専用の焼却炉で灰にする。
 こうして全ての処理を終わってから、ロアンはル・カインの前に立った。
「閣下、キール軍医長官殿をお呼びしなければなりません」
 その前に  というふうに、ロアンはジュリアの方を見やった。
「構わぬ  軍医長官を呼べ。それに、ドメウス参謀総長にも知らせるろ」
「わかりました」
 ロアンは、ただちに直通の電話器でキール軍医長官と、ドメウス参謀総長に緊急事態を伝えた。
 至急、来い、という命令だけであった。

「ああ、何ということだ!」
 片眼鏡をかけた太っちょのキール軍医長官は、グレスコの死体を見るなり頭を抱えた。
「いくつもの戦場で、敵弾をくぐり抜けてこられた強運の提督閣下が、なぜ……」
 キールは、提督の主治医であり、占領軍本部の医療部隊の隊長でもあった。だが、医師というよりも、最近は政治的な手腕に磨きをかけることで知られている人物である。
「まさか、この女士官が……!?」
 拳銃を手にして倒れているカルラ少尉に眉をひそめた。
 そのとき、ドメウス参謀総長が駆けつけてきた。
 ドメウスは、キール長官と対照的にスマートな長身と、彫りの深いマスクの持ち主である。いつも柔和な微笑を絶やさない。
 しかし、その笑顔の裏には絶えず謀略の知恵をめぐらせている男であった。
  何があったのです?」
 ドメウスは、状況をゆっくり観察してから初めてル・カインに質問した。
「不幸な事件だった……」
 ル・カインは、沈痛な表情でロアンに説明したのと同じことをくり返した。
  あの女は、父上がいわば隠密として使っていた。そのために、私も油断したことが悔やまれる……」
 ドメウスは、カルラの拳銃から確かに発射されていることを自分で確認した。
「状況は、仰言るとおりのようですな」
 それでもまだにおちないというふうに、ドメウスは首をひねっている。
「私の説明では納得がいかんと  !?」
 ル・カインが椅子から立ち上がった。
「いえ……提督閣下ともあろうお方が、部下の裏切りに一命を落とされたとは正直、信じられん思いです」
「…………」
「まして、本国政府では何かと取沙汰されましょうからな」
 ル・カインを見るドメウスの眼には、獲物をう蛇のような粘っこい光がうかんだ。
「ル・カイン閣下は、提督のご名誉が傷つかない方向を望んでおられます」
 ロアンが脇から口をんだ。
 ドメウスは、初めてロアンに気づいたようにジロリとんだ。
「言われなくとも私とて同感だ。しかし、事実は事実……」
「いえ、グレスコ閣下は、心臓発作で亡くなられたのです」
 ロアンがさらりと言ってのけた。
「貴様、何ということを!」
 キールが鼻の穴をふくらませて声を荒らげた。
「地球人のくせに、出しゃばりおって!」
 ドメウスもおさえていた怒りと侮蔑をあらわにした。
「私は、ロアン秘書官の言ったとおりのことを望んでいる」
 ル・カインがロアンを庇うように歩を進めた。
「父上は、激務と地球病に心臓をやられた。つまりは、名誉ある戦死と考える」
 ル・カインは、グレスコの死を”名誉ある死”と公表することによって、占領軍の士気をさらに高めるメリットなどを力説した。
 そのために軍医長官と参謀総長の協力が必要である、と……。
「ル・カイン閣下の言われるとおり、我々も偉大なる提督の死を名誉あるものとすることに全力をつくしましょう」
 ドメウスは、キールと共に協力を約して退出していった。
 あとは、秘密のうちに死体のそれぞれの処理と、公式手続きの準備であった。
 ル・カインは、それらをロアンに任せた。
 ロアンは、ただちに秘書室のスタッフに連絡し、カルラの死体を密かに運び出させた。
 カルラの死体は、辺境偵察任務での事故死という形で処理が決められた。
 ル・カインは、短時間の間にこうした処理をしてゆくロアンに、内心、眼をみはる思いであった。
(ロアン・デミトリッヒ……予想以上に切れる男だ)
 命令に対して余計な質問はいっさいしない。しかも、一を聞いて十を知る、といった鋭敏な頭脳の働きである。
 そして、何よりもロアンの盲目的な忠実さが、若いル・カインには好もしかった。
(政治的に動きたがる医者や、謀略好きの参謀総長などより、よほど使える男だ……)
 地球に来て日が浅いル・カインは、子飼いの部下を多く持ってはいない。
 とくに、あの場にあって”病死”という大胆な発想をズバリと言ってのけた知恵と勇気は、ル・カイン自身の個性に近いものであった。
 ロアンの働きぶりを観察しながら、ル・カインは急速に親近感を覚えていた。
 その一方で、冷静になったル・カインの胸の中には、石ころを投げ込まれたような異物感が重くなっていた。
 怒りであった。
 父親に向かって引き金を引かせた本当の動機は、実はエイジの投げつけた言葉にあると思えてきたのだ。
『父親から信頼されていない……』
 そうではない。
 百パーセント、父親から信頼されていることを確かめたかった。
   だが、それは裏目に出た。
 後悔が襲っていた。
 父親を手にかけたことではない。
(あのとき、容赦なくエイジにめを刺すべきだったのだ!)
 そのことが無念だった。
 テラスの外を見やると、いつの間にか夜になっていた。
 ジュリアは、そこに影となってたたずんでいた。
(そうだ、最悪の場合の人質は握っている)
 ル・カインは、ようやく薄闇の中で冷たく微笑した。
(それに、奴が頼みの綱とするレイズナーは破壊したのだ!)
 レイズナーを失ったエイジは、いわば赤子同然である。いつでも始末できる存在であった。
 さしあたっては、ル・カインにはやらなければならないことができたのである。
 グレスコ提督の葬儀  
「エイジ、貴様の始末はそれからだ……!」
 ル・カインは、低く呟いてからしげに声を殺して笑い始めた……。


     6 修理不能


 レジスタンスの地下本部は、何度もグラドス軍に追われながらも生きのびて、今はマンハッタン地区の一画にあった。
 もちろん、地下鉄のあとや下水道あとなどを巧みに利用した地下のアジトである。
 ル・カインに敗れたエイジは、デビッドとシモーヌたちに助けられて、レジスタンスの地下本部へ逃れてきた。
 破壊されたレイズナーもできる限り回収して、地下工場へ運ばれた。
「レイズナーをなんとか修理してくれ! たのむ!」
 エイジは、地球製SPTを作っている技術者たちに懇願した。
「エイジ、ここは俺たちに任せて、とにかく傷の手当てをするんだ」
「デビッド、おれは心配ない。それよりレイズナーを……!」
「わかったわよ、エイジ」
 シモーヌが駄々っ子をあやすように言った。
「でもレイズナーを修理しても、エイジがガタガタで乗れなきゃ何の意味もないのよ」
「だけど……」
「シモーヌの言うとおりだ。さ、医務室へつれてってくれ」
 デビッドは、シモーヌに肩をかりながら、医務室へと去っていった。
  こいつは、お手上げですよ」
 レイゥナーをひとまわり見た技師長は、渋い顔をデビッドに向けた。
「見た目の破損率は、ざっと九十五パーセント  首の部分から下は、百パーセント使いものになりません」
「頭の部分は完全破損じゃない! サブ通信システムは、生きていたんだ!」
 デビッドはくい下がった。
「とにかく、チェックしてみましょう」
「たのむ」
 デビッドは、祈るように技師長を見送った。
(レイズナーは、エイジにとって身を守る武器というだけじゃない……)
 デビッドは、かつて、エイジから聞かされたことを思っていた。
 グラドスを出発するとき、エイジの父親は、
「レイズナーに乗れ」
 と言ったのだ。
 SPTの開発技術者だった父親は、エイジを搭乗させることを密かに考えてレイズナーを開発したふしがある、と……。
(レイズナーは、エイジにとって遠く離れた父親とたったひとつ結ばれたなんだ……)
 そのことを想うと。レイズナーは百パーセント下の形にならないとしても、再生させる必要があるのだった。
(レイザナーがアウトとなれば、おそらくエイジは……)
 デビッドは、悲痛な眼でスクラップのようなレイズナーに群がる技術者たちをみつめていた。

 エイジは、レジスタンスの医務室で傷の手当てを受けた。
「脳波にも異常はないし、骨折もしてない。打撲傷だけね」
 Dr.エリザベスは、何箇所も傷あとのあるエイジの体を診察して、ポンと肩を叩いた。
「痛ッ!」
 ちょうど青くれあがっているところを叩かれて、エイジは低いを洩らした。
「痛いのは、生きている証拠よ、ね!?」
 シモーヌが軽口をたたきながら、エリザベスを手伝って湿布薬を塗りたくった。
 そこへアンナがやって来た。
「Dr.エリザベス、ギルバート博士がお呼びです」
「わかったわ。エイジ、少し横になってらっしゃい」
「アンナ、ちゃんと監視してるのよ」
 シモーヌも言いおいて医務室を出て行った。
「俺は病人じゃないんだ」
「ダメよ、言われたとおりにして……」
 アンナは、丸めてあった上着をそっとエイジに着せかけた。
 その手が、ふっと止まった。
   肩や背中だけでも十以上の傷あとがある。大きなものは二十センチ近い。三年前、火星で出会ったときにはカスリ傷ひとつなかったのだ。
(これらひとつひとつの傷あとは、私たちと地球を守るために背負わされた烙印なんだわ……)
 アンナは、思わず涙ぐんだ。
  アンナ、どうかしたのか?」
「ううん……なんでもない……」
 アンナは、思いきって傷あとたちを上着で覆いかくした。
 扉のあく音がした。
 デビッドがうっそりと立っていた。
  デビッド!?」
 デビッドは、エイジを見つめた。
 その手が、もどかしそうにモゾモゾしている。言葉が出てこないときの彼の癖だった。
「レイズナーは  ?」
 エイジがつめ寄った。
「チェックの結果……修理不能だ」
「修理不能!……」
 テーブルの上の腎臓形の容器が床に落ちてカラカラと音をたてた。
「そんなバカな!」
 エイジは、拳をかざして叫んだ。
「レイズナーは、並のSPTじゃない! これまでにも奇跡的に生き伸びてきたんだ! あいつは地球の運命にもかかわるものなんだ!」
「落ちつけ、エイジ!」
「放せ、デビッド! 地球人技術者がダメなら、俺がこの手で修理するッ!」
「エイジ、言葉が過ぎるぜ!」
 デビッドは、グッとエイジの両肩をつかみ、力をこめた。
「冷静になれ。……いいか、レイズナーは、万能ではないし、不死鳥でもないんだ!」
「違う。あいつは、俺にとって全てなんだ! あいつの力なしに、俺は何ひとつできはしなかった! これからも  
「そいつはますますお前らしくないぜ」
 デビッドは、エイジをありったけの力で椅子におさえつけるようにかけさせた。
「いいか、エイジ。レイズナーといえども所詮は人間が作り出した総合機械システム  つまりは、道具に過ぎん!」
 エイジが何か言おうとするのを、デビッドは強引にった。
「その道具を使いこなしてきたのは、エイジ、お前なんだず!」
「判っている。だからって、裸の俺に何ができる!」
「自分をみくびる考え方はよせ!」
「俺は、冷静に考えている。俺にはレイズナーが必要なんだ。ル・カインの新しいV−maxを見た今となっては、絶対に  
「脅えてるな、エイジ」
 デビッドがエイジの眼の奥をき込むようにして、ニヤリと笑った。
「……!?」
「エイジよ、お前らしくもないぜ  と言いたいところだが、ま、正直でいいや」
「何が言いたいのだ、デビッド」
「お前、あんまり一人で荷物を背負いすぎるんだよ。もっと、生身のお前をさらけ出せって。その方が気分が楽になるぜ」
 デビッドは、ポンとエイジの肩を叩いて立ち上がった。
「俺はもう少しレイズナーの様子をみてくる。アンナ、エイジにコーヒーでもいれてやってくれ。うーんと苦いやつをな」
 デビッドは、わざとらしい高笑いを残して工場の方へと出て行った。
「待てよ、俺も行く!」
「ダメよ」
 アンナが制した。
「アンナ……」
「少し休まないと……さ、横になって」
 アンナは、診療用のベッドにエイジをそっと横たえた。アンナの髪の毛がさらりとエイジの頬に触れ、りたてのミルクの香りに似た甘い香気がふわりとエイジの顔を包んだ。そのほのかな香りはアンナの胸のあたりから漂ってくるものであった。三年前のアンナから感じた記憶はなかった。
(母さんの匂い……とも、少し違う……)
「何を見てるの?」
 アンナは、それが特徴であるクリクリした大きな瞳でエイジを見詰めている。
「いや  君もいつの間にか大きくなったんだと思ってね」
「そう、あなたもね」
 スラッとアンナは言ってのけ、コーヒーをとりにキッチン・セットへ向かって行った。
 エイジは、苦笑をうかべた。
「俺も、大きくなったかな?」
「ええ、初めて出会ったときからべると、とってもしくなってるわ。でも……」
「でも……でも、何だい?」
「ときどき、精神が子供に戻るみたい。さっきみたいに……」
 アンナは、湯気のたつコーヒーのカップを運んで来ながら、ほのかな微笑をうかべた。だが、その瞳は光が淡くったようになっている。心に悲しみを抱いているときのアンナの癖であった。
「子供か……デビッドとは、何しろ喧嘩友達だからな」
「でも、デビッドの言ったことは本当よ」
 アンナは、カップを渡してそのままベッドの前の椅子に腰をおろした。
「え……?」
「一人で荷物を背負い過ぎてる……」
「そんなことはないよ」
「私たちの力が弱いことは判っているわ。地下組織といっても、まだグラドスの軍事力とは較べものにはならない……」
 エイジは無言で頷いた。
「だから……だから、あなたとレイズナーの力が必要だってことも判っています」
「アンナ……」
「でも、そのことをエイジ、あなた一人の責任だと考えないで……私たち、力は弱くても、あなたを信じてここまで来たのよ。火星以来の仲間として……もっと、みんなのことを信じて……一人ぽっちにならないで。お願い、エイジ……」
「……怖いんだ、アンナ。正直いって、もうル・カインと戦っても勝ち目はないだろう。俺が勝てなければ、結局は  
「エイジ」
 アンナは、エイジの右手を両の掌で挾むようにした。
「私は奇跡を信じているわ……」
「奇跡なんて  
 アンナは、強い眼でエイジを見つめたまま、ゆっくりと首をかすかに振ってみせた。
「私たちは、あなたがいたから生きて地球に還れた……そして、あなたが生きていると信じたから今日まで生きて来られた。そして、あなたと再び巡り逢えたからこうして闘ってゆけるのよ」
 アンナは、静かに訴えた。言葉で飾るでもなく、特に選ぶでもなく、ごく自然に呼吸するようなり方であった。
「これからも、あなたが生きているというそのことだけで、みんなが勇気をもって生きられる……粘り強く戦っていくことができるんだわ。たとえ、レイズナーを失っても……」
「レイズナーがなくなってもか!?」
 アンナはエイジの冷たくなっていた手に徐々に温かみをわかち伝えながら大きく頷いた。
「あなたが、エイジが生きている限り、だれもが強いこころでいられるの。でも、あなたの心がひとりぽっちになって、みんなから離れてしまえば、たとえレイズナーが壊れなくてもいつかは……」
  死ぬ、か……。」
「でも、そんなことはさせない。ひとりぽっちになんかさせないわ……それが、私の闘い……!」
 触れあっている掌を通して、アンナの心臓の鼓動と、そして熱い血の流れがエイジにも直接伝わってきた。その温かみとリズムは。エイジの心と体を呪縛していた恐怖の鎖をひとつひとつ溶かしてゆくようであった。
「アンナ……わかったよ。俺、心の余裕をなくしてた……みんなが、仲間がついてるってことを忘れてたよ……」
 エイジは、左手でアンナの頬に触れた。
 その指が、暖かい涙で濡れた。
 不意に、エイジの胸にむぐっと熱い塊がこみあげてきた。
「少しでも眠って、いまのうちに……」
 エイジは素直にうなずいた。
 眠れば、また新たな闘志が湧いてくるかも知れない  エイジは、自分に言いきかせて無理に眼をとじた。


     7 未知の感覚


   闇であった。
 ル・カインは、どことも知れない暗闇の世界を歩き続けていた。
 空気は、冷たい。骨まで凍るかと思うほどしんしんと冷たかった。
 どこにも光はない。
 ル・カインは、ひとりぽっちであった。
 歩き続けて、身も心も冷えきっていた。だが、さっきからいくら助けを呼んでも、答えるものはない。
 そこは冷たく暗い死の迷路であった。
「誰か……誰かおらぬのか」
 自分はグレスコ提督の一人息子  幼くして、才能にあふれ、将来を約束されたル・カインである……。
 だが、いくら呼んでも声はしく闇に吸い込まれてゆくだけであった。
「父上……!」
 やはり答える声はない
「母上……!」
 すべては、無駄なあがきであった。
 そのとき、足が動かなくなった。
 寒気がル・カインを捉え始めたのだ。
 死……。
 ル・カインの心臓が震えた。
  死にたくない! 母上、助けて下さい!」
 ル・カインは、い始めた。
 ふと、行く手に小さな淡い光がみでた。
 その光の中に、幻のような女性の姿が浮かびあがった。高貴な姿であった。
  母上!? 母上  ッ!」
 ル・カインは、夢中で立ち上がった。
 光の中の高貴な女性は、じっと立ったままである。
「母上ーッ!」
 ル・カインは、足がもつれて転んだ。が、すぐさま這い起きて、必死に近づいて行った。急がなければ、そのまま光とともに消えてしまいそうであった。
「ははうえーっ!」
 ル・カインは、ようやく母の前にたどりつき、その腰を抱きしめた。
 薄いドレスを通して、体温が、冷えきったル・カインに伝わってきた。
   暖かかった。
「母上……」
 ル・カインは、のどを詰まらせながら母の顔を仰いだ。
 やさしく見下ろしたその顔は  ジュリアであった。
「……ジュリア!?」
 その顔は、血塗られたグレスコの断末魔の形相に変わった  
「うおーっ!……」
 ル・カインは、突如、眼ざめた。自分の寝室のベッドからずり落ちそうになっている。
「……夢か……」
 ル・カインは、首を強く二、三度ふった。全身にイヤな汗がじっとりとまといついている感じだ。
 時計を見ると、まだ夜半にはなっていない。十一時を過ぎたところである。
 ル・カインは、隣接するバス・ルームへ行き、熱めのシャワーを浴びた。
 皮膚を伝って流れる温水が、ふっと真紅の血の色に変わった。
(父を、この手にかけたのだ……!)
 だが、血の色は錯覚であった。ル・カインの罪の意識がそうさせたのだ。
 ル・カインは、そのことを認めたくなかった。
(……父上は、地球病にかかっていた。そのため、地球人に対する政策に甘さが出ていた)
 グレスコは、セントラル・パークを残し、メトロポリタン美術館など、地球の文化をひそかに温存していた。
 それに、あの気持ち悪い香……。
(父上は、全ての地球的なるものの魔力に魅入られてしまったのだ……冷静な支配者としては失格だった……)
   ル・カインは、子として父の誤りを正したのだ。正当なことをしたまでで、誰からもそしられる筋合いはないと思う。
 だが、いくらシャワーを浴びても、体のが暖まることはなかった。
 ル・カインは、着替えて外に出た。
 無人の廊下を歩いた。
 そして、いつしかグレスコの古いオフィスの前に立った。いま、そこにあるのはグレスコの肖像画だけである。だが、ル・カインには、ひとつだけ父親に確かめたいことがあった  
「誰だ!?」
 ル・カインは、ドアを開け、声を放った。
 窓から射し込む蒼い月光のなかに、白い人の後ろ姿がしんと立っていた。髪が長い。女であった。
  ジュリア……?」
 ジュリアは、グレスコの肖像に向かって立ったまま、しばし動かない。その後ろ姿には、侵しがたい凛としたものがあった。ル・カインが、ズカズカと近づくことをなぜかためらわせる”気”のようなものだ。
  ル・カイン様」
 ジュリアが静かに向きを変えた。
「このような所で何をしておる?」
 ル・カインの口調には、見張りの者の姿がないことへの非難もこめられていた。
「本来なら、あの場で父上の命令どおりお前を殺すこともできたのだぞ」
「グレスコ提督の御霊に、お祈りを捧げておりました」
 ジュリアは悪びれずにル・カインを正視している。
「御霊に祈り  ?」
 ル・カインは、ジュリアと間近に正対していることに妙な苛立ちを覚えて、グレスコの肖像に眼を向けた。その表情はふてぶてしい感じで、ル・カインを高みから見下ろしている。だが、もう二度とル・カインに対し命令を下し、あるいはお説教をすることもない。
「父上は、死んだ。この世に存在しなくなったのだ。祈るなど、無益なことだ」
「いえ、ル・カイン様のためには決して無益とは思いませぬ」
「俺のために祈ったというのか!」
 ル・カインは、射るような眼をジュリアに向けた。返答しだいでは、即座に相手を抹殺する決意の眼である。
「はい」
 ジュリアは優しく受けた。
「ひとの心に救いを求めて祈るのが今の私のつとめなのです」
「救いなど要らぬ! 私は、己の為したことにいささかも悔いはない。父上も私も支配層に生きる宿命である以上は、当然のことだ」
 ル・カインは、一歩ジュリアに詰め寄りながら、強い気魄をこめて続けた。
「その証拠に、私は肉体、精神ともにエネルギーに満ち、昂揚している。明日のことを考え、未来へ向かってやるべきことが手に余るほどあるのだ」
 ジュリアは、無言だった。湖のように澄んだ瞳は、しかし、心なしか悲しみをえてゆれていた。
「私が理想とする完璧な支配体制の確立  これまでのグラドスの支配階級が為し得なかった世界をこの手で作るのだ」
「それが、支配する者の宿命とおっしゃるのであれば、何も申し上げることはありません」
 ジュリアは、軽く一礼して去る気配をみせた。
「待て!」
 ル・カインは、あわててジュリアの肩に手をかけた。
 ジュリアの足が停まった。
 ル・カインの掌と指に、ジュリアの薄衣を透して柔らかな肩の感触と肌のもりが伝わってきた。
「何か  !?」
 ジュリアの静かな声に、ル・カインは弾かれたようにんでいた手を離した。
  聞きたいことがあった」
 ル・カインは、奇妙に乱れた胸の鼓動に気づかれないように声を抑えた。
「が……もういい」
 返事はなかった。一呼吸あって、かすかな衣ずれの音が去って行った。
 ル・カインは、なにか苛立たしい気分を吐息と共に吐き出した。
 掌には、ジュリアの肌の温もりが残った。それは、少しずつ熱を増してけつくような感触になった。その熱がル・カインの胸の奥まで忍びこんだとき、わけもなくぶるっと身ぶるいが襲った。
(何だ、この不思議な感覚は……!?)
 ル・カインにとって初めての体験であった。その感覚は、説明のつかない理不尽さで本能的にえをさそった。
 しかし、どこか新しい薬物にも似た甘美なものを伴っていた。
 ル・カインは、強く頭を振ってから、グレスコの肖像に背を向けた。
 グレスコが死の直前に洩らした、「ジュリアを妻とすれば……」という言葉の意味を確かめることも忘れて。
   ル・カインはいまだ、恋を知らなかった。


     8 甦る不死鳥


 エイジが眠りからさめたのは、朝であった。
 といっても、レジスタンスの地下本部の一画には、朝の光も射さなければ、小鳥たちの歌う声も届かない。
 それでも久しぶりに熟睡したとみえて、気分は爽快であった。
   コーヒーのいい香りと共に、アンナの笑顔があらわれた。
「おはよう、気分はどう?」
「うん、スッキリしたよ。それより、何かいいことでもあったのか?」
「どうして?」
 アンナは、コーヒーを渡し、焼きたての黒パンとゆで卵の朝食を置きながら、問い返した。
「なんだか、弾んでる感じだから  
「そう……とにかく食べて」
「何かあったんだろう、話せよ」
「食べたらね」
「話せったら」
「食べてから!」
 アンナは、エイジの口に無理やりに黒パンをちぎって押しこんだ。
「あーったよ、あべるよ」
 エイジは、眼を白黒させながらモソモソの黒パンをみ始めた。
「実はね  少し前、レイズナーのコンピューターが無事だってわかったの」
「何だって!?」
 大声で喚いた拍子に、エイジはのどにパンの塊をつまらせて呻いた。
 アンナは、エイジの背中を叩きながら説明した。
 つまり、昨夜のうちの調べで、レイズナーのコンピューター・システムは奇跡的に無傷だったことが判明したのである。
「コンピューター・システムを新しいメカに移し替えればいいんだ!」
 デビッドの大胆なアイディアであった。
 そうすれば、レイズナーは生まれ変われる……。
「やっぱり、レイズナーは不死鳥だったわ」
 アンナの言葉の途中からエイジはアンナの両手を強く握りしめていた。そのエイジの眼は赤くなっていた。
「よかったわ、ね、エイジ……」
 アンナも涙をこらえて必死に笑いをうかべようとした。でも、顔が歪んでしまった。
「ようし、食うぞ!」
 エイジは、たちまち黒パンをわし掴みにしてかぶりついた。
 そのとき、あわただしくとび込んできたのは、メカニックの技師の一人だった。
「エイジ、来てくれ!”フォロン”があんたを呼んでいる!」
「フォロンが  !」
 エイジは、半開きのドアから風のようにとび出していった。

 地下工場の外れに近い解体作業場では、ル・カインによって破壊されたレイズナーが、手も足も胴体もとり外されていた。そして、細部の解体に作業が移ったところで中断されているらしく、技術者たちが遠巻きにして見守っていた。その顔には、恐怖に似たものが貼りついているのだった。
 そこへ、エイジが駆けつけてきた。
  見て下さい!」
 技師長らしい中年の男がエイジを認めて声を震わせ、一方を指さした。
 レイズナーの頭部にあたる部分と肩の部分の一部の装甲ががされていて、その部分がボッ、ボッ、と青い光を不気味に発している。それは、の光のように、あたかも生きもののような発光のしかたであった。
  フォロン、俺だ、エイジだ。わかるか、フォロン……」
 エイジは、数メートルの距離に近づいて、伝承コンピューターに話しかけた。
『……アルバトロ・ナル・エイジ・アスカ、認識した……』
 フォロンの合成語が応じた。
「俺に話があるそうだが……?」
『……そうだ。レイズナーは、完全に解体されようとしている……』
「そのとおりだ、フォロン。君とレイ  つまり、コンピューターの本体を除いて、修理不能なところまで破壊されてしまったのだ」
 エイジがさらに進んだ。すると、蛍のような発光は、その輝度を増し、動悸のように幾分早くなった。
『……私は、レイズナーが完全破壊されるとき、最期のセーフティ・システムとして、自爆するようプログラミングされている』
「自爆装置!?」
 一瞬、エイジの顔に狼狽のいろが走った。
「待ってくれ、フォロン!」
『伝承すべき記憶は、エイジ、お前に全て伝えてある。私の使命は終わった  
「確かに受け継いだ。しかし、いずれグラドスの人々にも歴史の真実を伝えなければならない。そのとき、マザー・コンピューターの正確な伝承者はフォロン、君しかいないのだ」
 エイジは、幾人もの技師たちが固唾を呑んで見守るなか、夢中で語りかけた。
「地球とグラドスのよりよき未来のために、フォロン、君が必要なんだ」
『……では、解体をやめるのか?』
「フォロン、冷静に聞いてくれ。この解体作業は、君とレイを無傷なまま、新しいレイズナーに移し替えるためなんだ」
 ボッ、ボッ、と発光が強くなった。
『移し替える!?……地球の科学力でレイズナーと同じSPTが作れるはずはない』
「それが、可能になったんだよ、フォロン」
 エイジは、これまでの戦いで奪取したSPTをもとにし、あるいは一部流用しながら、レジスタンスの科学技師陣が総力を結集して、新レイズナーを完成しつつあることをフォロンに説明した。同時に、エイジの合図で新レイズナー本体のシートが外された。
「あとは、君とレイを本体部に収納し、あらゆる接続を行うところまできているんだ」
『…………』
 フォロンが沈黙した。すかさずエイジはたたみかけた。
「レイの回線と試しに接続するから、君がテストしてみて欲しい。その結果、不満足ならこの解体は中止する」
『……判った。テストに応じよう』
 エイジの合図に、技師長とコンピューター専門スタッフがおそるおそる近づいてきた。
「フォロン、今から回路をつなぐから指示してくれ」
『……諒解した……』
 フォロンは、ぐべき回路の仕様や優先順位などのマニュアルを口述で指示し始めた。
 エイジがもう一度頷くのをみてから、技師長とスタッフたちの精密な作業が開始された。
  今は、そこまでの作業で十分だ。テストさせてもらう……』
 蛍のような発光は、やや小さくなり、OFFになっていた通常コンピューターのレイが自動的にONになった。
 いま、レイの接続回路を通して、フォロンが電子のメスによって新レイズナーの隅々までを検索し始めたのだ。
 エイジは、額にうかんだ汗を拳で拭った。
 誰もひとつしない。緊張の永い時が流れていった。だが実際は二十秒あまりの時間だった。
『……テストは終わった』
 やがて、フォロンの声が沈黙を破った。
  結果は?」
 エイジが訊いた。
『……溶接不良箇所が六、不良伝導回路が四、絶縁体不良二、ブースター増幅装置……』
「待ってくれ、フォロン。君の指摘した箇所のミスをなくせば合格ということか!?」
 エイジの声が心なしか上ずっている。
『……その通りだ。部品交換部位、再作業箇所のリストを言う……』
「ありがとう、フォロン……」
 エイジは、ようやく技師長たちに笑顔を向けた。
「お願いします」
 技師長たちもホッと大きく頷きあい、フォロンの声に耳を傾け始めた。
「やったな、エイジ」
 エイジがふり返ると、いつの間に来たのかデビッド達が笑顔で立っているのだった。
「……うん」
 エイジは、力強く頷いてみせた。
(これで、ル・カインの暴走を手放しでみていることはなくなったのだ……!)
 エイジの眼には、ようやく闘志の炎が燃えあがった。
 しかし、これからの数日後、全く予期しない事態が地球を襲うことなど、エイジたちはもとより、ル・カインも全く予測していなかったのである  

第二章 地球滅亡






     1 笑う独裁者


 青空に弔砲が轟いた  
 グレスコ提督の公式葬儀が行われたのは、死の日から数えて七日であった。
 グラドス・タワー前の大広場には、祭壇がしつらえられ、ル・カインをはじめ、ドメウス参謀総長ら本部高官たちの他、アジア、ヨーロッパ、アフリカなど各地区司令官も駆けつけての盛大な葬儀であった。
 グラドス本部の士官や軍人たちの末席にはアーサーもつらなっていた。
 ロアンは、と見ると、アーサーとは雲泥の差ともいえる上席に神妙な顔をしていた。地球人ではあっても、ル・カインの秘書官の一人なのだから当然ではある。
 しかし、アーサーの眼には、”優秀な飼い犬”のようにみえるのだった。
  提督閣下のこれまでの武勲の数々は、グラドス政府およびグラドス全市民の誇りとするところであります」
 ドメウス参謀総長がグラドス政府を代表して弔辞をのべた。
「とくに、三年前の地球占領作戦は、歴史に残る効果的なものでした。味方はもとより、地球人の生命の多数を救い、よりよい植民星政策が可能となったのであります……」
 ル・カインは、第一級礼装に身を包んで、沈痛な表情をしたままである。
 だが、その眼が悲しみではなく、強い決意の光を宿していることに気づく者はなかった。
「……ここに、”正なる賢人達の殿堂”に、故提督の亡骸を安置して、その功績を永久にえるものであります……グレスコ提督、万歳!」
「グレスコ提督、万歳!」
「グラドス、万歳!」
 参列した人々の大合唱のなかに、弔辞は終わった。
 さらに地球人代表の献花などの行事が進み、葬送の曲が流れるなか、ル・カイン自身の手によってが黄金のベルトで封印された。
 そして、一時間余りの葬儀は終わった。
 中央の演壇にル・カインが立った。
 ひとしきり、新しい司令官に対する歓声と拍手が広場にきおこった。
  ご参列の諸君!」
 ル・カインの声がとして響き、人々は鳴りを鎮めた。
「グレスコ提督  亡き父のために盛大な葬儀が滞りなく終われたことを感謝します」
 ル・カインは、一秒ほど虚空をポーズをとった。そして、おもむろに言葉をしぼり出した。
「父は  戦死だった……」
 かすかにざわめきが湧いた。
「無論、敵の銃火に倒されたわけではありません。しかし、植民星としての地球にあって、よりよき植民政策を遂行しようとする戦いの半ばにして倒れた  すなわち、これは戦死であります!」
 幾万という人々のなかには、一人として咳ひとつ、身じろぎひとつする者はいなかった。
「私  ル・カインは、この父の志を継ぎ、さらなる理想世界を築くために全力を尽くす決意を固めました。それが、父、グレスコ提督の死に報いる最高のと信じる故であります!」
 拍手がわき起こった。それは、力強く冬空にしていった。
「私は、新しい総司令官として、直ちに効果的と思える政策を実行していきたい。そのひとつは、純粋な能力主義と、被占領市民  すなわち地球人諸君の不当な差別を解消することであります!」
 拍手が遠慮がちに起こった。それは、主として地球市民の間からであった。グラドスの高官たちの間では、不快な表情をみせた者と、お愛想の拍手を送るものとに反応が分かれたようであった。
「なぜなら、わたしの理想とする新しい地球社会は、旧い慣習や地位などにこだわる能力のない人間では達成できないからであります。全地球的な協力と信頼  すなわち、理想への全面奉仕が何よりも優先されなければなりません」
 再び沈黙が流れた。
 その中で、参謀総長ら高官連中のなけで眉を寄せるのがみえた。
「手始めに、私は、本日ただ今より実践する政策の協力者として、一人の地球人市民を登用したい」
 あちこちでかすかなざわめきが起こった。
 ル・カインは、片手をあげてざわめきを制した。
「ロアン・デミトリッヒ  本日付をもって占領軍総司令官の副官に任命する!」
 ドメウス参謀総長わはじめ、居並ぶ地区司令官や高官連中が耳を疑う表情になった。
 地球市民の列の前から二番めにいたアーサーもわが耳を疑い、雛壇の末席にいるロアンの方を見やった。
「ロアン・デミトリッヒ君、来給え!」
 ル・カインの声が力強く響いた。
 ロアンは会場にいる誰よりも面喰らった表情でギクシャクと席を立った。
 ル・カインがさらに眼で促す。
 ロアンは、一瞬、唇をきっと結んで一呼吸いれた。そして、ル・カインを正視した。眼鏡がキラリと光る。それからのロアンにためらいはなかった。
 臆するふうもなく、まっすぐル・カインの前に進み出る。
 一礼したロアンの肩に、ル・カインは儀礼用のサーベルを置いた。
「ロアン・デミトリッヒ、わがグラドスの旗の下、占領軍総司令官に忠誠を誓うか?」
 誰もが息を呑んだ。
  誓います!」
 ややあって、ロアンの低いがキッパリとした声が響いた。
 ル・カインは、満足そうに笑みをうかべ、改めてロアンを正面に向けた。
「諸君、紹介しよう。今日から私の右腕となるロアン・デミトリッヒ副官だ!」
 つぎの瞬間、地球市民の間に拍手と歓声が爆発した。
 そして、拍手は津波のようにグラドス人たちをも呑み込んでいった。
「バカな……!」
 ドメウス参謀総長の吐きてるような言葉は怒涛のような拍手のなかに吸い込まれて消えた。
 地球市民たちの狂喜する中で、アーサーはひとり身震いしていた。
「えらいことだぜ……」
 アーサーは、つぎの瞬間、トイレを求めて人混みをかきわけ始めた。早くしないと、おしっこをチビリそうだったのだ。それほど驚きとショックだった。
 だが、実はこのとき誰よりも大きなショックを受けたのは、ドメウス参謀総長だったのである。
 ドメウスは、ル・カインが軍司令官として着任するまでは、グレスコ提督につぐ”占領軍No.2”であった。
(副官は、私が就任するのが当然なのだ。それなのに、こともあろうに野蛮人を、私の上官にすえるとは、気違い沙汰だ!)
 式典が終わって、本部をひきあげる間もドメウスは心の中で怒りをたぎらせていた。
「ル・カインめ、いずれシッポをつかんで失脚させてくれる……!」
 ドメウスは、低くいてからギョッとなった。いつの間にか寄りそうように一人の高官が歩を並べていたのである。
「キール長官  !?」
「内密でお話があります」
 出世欲に燃える軍医長官は、グレスコとカルラの傷口を化学テストしたデータのメモを胸にしていた。そのデータは、違う火器によってできたはずの傷口が、”同一火器による傷……”と断定されていたのだ。
「……私の部屋へ来たまえ」
 ドメウスは先に立った。

 ル・カインは、新副官となったロアンを伴って執務室へ入るや。総司令官としての緊急命令第一号を発した。
「新しい植民地文化を築くため、かつての地球文化および地球的なるものの全てを完全に焼却せよ」
 ロアンは、副官としてのその命令を各地区の司令官にも通達した。
 ただちに、グラドス本部をはじめ、世界各地区に”特別焼却隊”が編成され、翌日から焼きうち作戦が世界の大都市からスタートした。
 ロンドンが、パリが、ウィーンが燃えあがった。
 ボン、モスクワ、北京、上海、東京、シドニー、ブラジリア……世界の旧都市がつぎつぎと炎の洗礼を受けた。
 そして、北米大陸では、文化矯正隊が総力をあげて、なかば廃虚となっているビルや大学、美術館、体育館、研究施設等、ありとあらゆる旧施設を灰にしていった。
 新作戦はこれらの都市や旧施設を利用していた各地のレジスタンス支部や、ゲリラ組織をも壊滅させる一石二鳥の効果をあげた。
 占領軍に抵抗する人間だけではない。
 ネズミのように隠れ住んでいる浮浪者や、抵抗もしないかわりにグラドスに協力もしない立場の”自由なる人々”をも狩りたてた。
 少しでも抵抗するものは抹殺され、さもなければ重労働の待つ強制収容所へ送り込まれるという苛酷さであった。
 かつて、人類は自ら作りだした核兵器による世界滅亡のイメージに脅えた。だが、地球規模の焼き討ち作戦は、それに勝るとも劣らない力で、かつての人類の営みのわずかな残骸すら灰にしようとしていた。
「かつて、お前たちの一部の神とやらは、六日間で世界を作ったそうだな」
 ル・カインは、灰となった地球に新たに作る植民都市の設計図を自ら描きながら、ロアンにうそぶいた。
「私なら、三日間で新しい地球の詳細な設計図をひいてみせる」
 ル・カインは、お気に入りの玩具をぶように巧みに線を引いて大笑いした。
  そうだ、新しく植民都市を建設するときの生贄には、叛逆者の血こそふさわしい」
「エイジ、ですね」
 ロアンが冷静に応じた。
「どこぞの穴ぐらで震えているのだろうが、今に尻に火がついて飛び出だして来る。そのときが見物だな」
 クックッ……ル・カインは、鳩のような笑い声をあげた。独裁者にふさわしい笑い声であった。


     2 新たな闘志


「えらいことになりやがったぜ!」
 デビッドがまみれでレジスタンス本部へとび込んできてわめいた。
 グレスコ提督の葬儀が終わった二日後の夕方である。
「旧市街は、火の海だ。あらゆる火器をもった焼きうち部隊が手あたり次第に焼き払ってやがる」
 デビッドは、その煙の中を潜り抜けてきたらしく、まっ黒な顔で怒りをぶつけた。
 サロンと呼ぶ簡単な会議室では、このときギルバート博士がエイジたちを集めて、世界各地のレジスタンス支部からの緊急報告への対策を検討していたところだった。
「ル・カインは、地球を丸ごと灰にするつもりかしら、狂ってるわ!」
 シモーヌが苛立たしげに言った。
「全く、イカレたとしか思えないな。軍事的どころか何の意味もない公園まで焼き払ってるんだ。異常だよ」
 デビッドも、火炎放射器のムダ使いだといわんばかりである。
「異常といえば、ロアンを副官に抜擢したことも普通は考えられないことね」
 エリザベスも考えながら言った。
 ロアンが、地球人との融和策として副官に任命されたことは、アーサーからの情報でみんなが知っていた。
「地球人をうまく支配するための操り人形だとしても、グラドス軍の高官連中たちの反撥を考えたら、マイナスじゃないかしら」
 エリザベスの言葉に、誰もがいた。グラドス人の立場としてみれば、地球人のロアンが上官になるなど気持ちのいいはずはないのだ。
「なんだか、ロアンがかわいそう……」
 アンナがいた。
「なに言ってんだよ。あいつは利用されても出世を望んだのさ」
「でも、私たち、仲間だったのよ……」
 アンナの必死の言葉に、デビッドは肩をすくめたきり何も言わなかった。
「ル・カインは、まともだと思う」
 それまで黙っていたエイジが呟いた。
「焼きうち作戦も、何もかも、おそらく計算ずみのことだと思う。決してムダなことはしない男だ」
 エイジの言葉には、命をかけて戦った経験から得た確信があった。
「問題は、ル・カインの目的だが……」
 ギルバート博士が火のついていないパイプを手にしたまま、一同を見まわした。
「彼は、独裁者  つまり、地球の帝王になるつもりのようだ」
「ヒトラーのように……?」
 エリザベスに頷いて、博士は続けた。
「ル・カインが地球人や、地球的なものに異常ともいえる嫌悪感を抱いていることは、これまでに判っている」
 その点、グレスコ提督は、必要以上に地球人を殺さなかった。メトロポリタン美術館を温存し、セントラル・パークを眺め、香をでたという……。
「ル・カインにとって、グレスコ提督のそうした地球人政策の甘さは我慢ならなかっただろう。そのときに、グレスコの死だ」
「なるほど、眼の上のタンコブがなくなって、ル・カインの天下か!」
「お葬式で神妙な顔をしながら、内心は喜んでいたのかも知れないわね」
「こいつァ傑作だ」
 デビッドがギャハハと笑い声をあげた。
「バカみたいに笑わないで!」
 すかさずシモーヌがたしなめる。
「わーったよ」
 デビッドが口を不服そうにとがらせて黙った。
  のつもりかも知れない」
 ポツリとアンナが呟いた。
「ミゾギ  !?」
 エイジは、はじめて耳にする言葉だった。
「火による禊  つまり、不浄なものを炎で焼きめる儀式。ル・カインは、そうやって地球を白紙状態にするつもりではないかしら?」
 アンナに大きく頷いたのはギルバート博士だった。
「ル・カインは、グラドス人こそこの宇宙で最高の知性  選ばれたる人間である、と考えているのだろう。地球人は、それに奉仕する奴隷か家畜というところだ」
 それには、エイジが大きく頷いた。
 だれもが、心の中で貴公子のような若い独裁者の顔をイメージした。
「そのつぎは、レジスタンス狩り  少しでも抵抗する地球人の強制収容……」
 エリザベスは、そこで口をつぐんだ。
 かつて、独裁者ヒトラーは、ユダヤ人を狩りたてゲットーに送り、ガス室で処刑した。何の罪もない、ただユダヤ人であるというだけでの狂気の大虐殺  
 だが、その狂気は、世界の良識と連合国の力によって挫折した。
 いま、ル・カインに対抗するレジスタンスは、世界中の各支部のメンバーを含めて六十万といったところである。
 その武器に到っては、地球製SPTがようやく大量生産ラインに乗ろうというところだ。占領軍との武力においては比較にならないのが現状だった。
 前レジスタンスが武装蜂起して占領軍を倒す”Xデー”は、いまのところ来年の二月が目標であった。
「もっとスピード・アップしないと、地下工場だっていずれは破壊されるわ!」
「シモーヌ君の言うとおりだ。レジスタンス各支部に連絡をとろう」
 ギルバート博士は、エリザベスを促して会議の席から立ち上がった。
「”Xデー”を早める必要があるかも知れん」
 博士は沈痛な表情で出て行った。
「デビッド、モタモタしてないで工場へ行ってSPTのテストよ!」
「待てよ、いま帰ってきたばかりでメシも食ってないんだぜ!」
「メシなんて大の男がなによッ! 生きるか死ぬかなのよッ!」
「シモーヌ、を飛ばすなよ」
「気持ちわるければウガイでもすれば!」
「そうじゃなくて  
「何よ、あんたがドサクサまぎれに私にキスしたこと、忘れてないわよ!」
「よ、よせよ、シモーヌ」
 デビッドは、赤くなった。いや、正確にはススで黒く汚れているので赤黒い顔だ。
「三年も前のことじゃないか」
「何年たとうと、女にとっては一生の大事よ! 何だと思ってんの!」
 シモーヌが興奮すると止まらない。デビッドにつかみかかりそうな気配になったので、エイジが割って入った。
「二人とも仕事だよ。工場が待ってるんだ」
「あたし、イヤ。気分がのらないわ」
「たのむよ、シモーヌ。SPTの搭乗員の選抜をして欲しいんだ。君にたのむよ」
 エイジは、デビッドをおさえてシモーヌに頼みこんだ。
  O・K、まかしといて」
 シモーヌは、ようやく笑顔になった。
 エイジは、三年の間にこうしたかけひきも身につけているのだった。
「すぐハンバーガーを作って届けるわ」
 出て行く三人にむかってアンナが元気な声をかけた。
「あ、カラシとさ、ニンニクきかせて!」
「デビッド、男はこまかい注文なんてつけないの!」
 二人のいさかいは、工場に行くまで続きそうであった。
 アンナは、そんな二人の姿がうらやましかった。
 エイジは、新しいレイズナーが完成してテストに余念がない。
 わずかな休憩時間にも、誰かがいたり、一人でいるときは何か考えこんでいる。
 ジュリアのことなら、アンナ自身にも気がかりだったが、アーサーの聞き込みによると、グラドス・タワーに軟禁されている様子だ。いまのところ、動きはみられない。
 それやこれやで、アンナはエイジとプライベートに話し合うときはなかった。
(でも、エイジのそばにいられる……!)
 そのことだけで、アンナは幸せだった。
 アンナは、いそいそとキッチンへ向かった。

 地下工場では、グラドスのSPTの複製ともいえる地球型SPTが急ピッチで作られていた。
 かつての日本の自動車工場にみられたオートメーションにはほど遠かった、部分的にはとりいれられている。
 手、足、胴体、キャノピー部分、コンピューター・システム……という部分ごとの生産工場があり、それが中央のドックと呼んでいる組み立て工場で組み立てられる。
 その隣は、点検部門だ。

 はじめは、SPTを知っているのは、エイジを除くとデビッド、シモーヌ、エリザベスの三人であった。それも、操縦経験があるといった程度の知識である。
 そこで、エイジを中心に科学者、技術者グループでマニュアルをこしらえた。時間はかかったが、これが完成してからはあらゆる部門にエイジたちが立ちあうことはなくなった。
 デビッドとシモーヌは、隣接する格納庫で検査済みのSPTを実際に操縦テストするのが主な仕事であった。
 エイジがそのテストのチーフなのだが、今はレイズナーのテストに余念がなかった。
 走行機能、旋回および反転機能、飛行機能……等々、レイを相手にチェックするのだ。
 新しい機体に移し替えられてから、フォロンは沈黙したままであった。どうやら合格とエイジは内心ホッとしていた。
「どうだ、新しい相棒の具合は?」
 デビッドが通信機で聞いてきた。
「あとは、表へ出てのテストだ」
「よかった。きっとうまくいくさ」
 SPTキャノピーごしに、アンナが下に来ていると合図があった。
「やっとメシにありつける」
 エイジは、とび出してゆくデビッドを見ながら、やはりレイズナーのことを心配していてくれたのだと思った。
「いまに、大あばれしてみんなを安心させてやろうぜ。なあ、相棒!」
 エイジは、レイズナーに語りかけながら、新たな闘志がわきあがるのを覚えていた  


     3 処刑


 ロアンは、グラドス本部の廊下をひとり副官室へもどりながら、ル・カインのみごとな手腕に改めて舌を巻く思いだった。
 グレスコ提督の葬儀を利用して、一挙に占領政策をル・カインの流儀に転換させたのである。
 ロアンを副官にすることで、一般の地球人はル・カインの熱狂的な支持者となった。一方で、反抗する地球人に対する断固たる処置。
 みごとという他はなかった。
 しかし、そうした切れ者のル・カインにも、ロアンからみれば理解できないことがあった。”クスコの聖女”ジュリアに対する処遇である。
 ル・カインは、ただジュリアを軟禁状態にしたままなのだ。
(もしかしたら、ル・カイン閣下は、ジュリアを愛しているのか……?)
 そこまで考えたとき、不意に通信セクションのがあいてチーフ士官が飛び出した。
 一瞬、チーフ士官は何かを後ろ手にして敬礼した。緊張に、顔が青ざめている。
 ロアンの頭にひらめくものがあった。
「それを見せ給え!」
「な、何でもありません!」
 チーフ士官は、あわてて封筒をポケットへねじ込もうとした。
 すかさず、ロアンはその腕を逆にとって、封筒をとりあげた。
 特別な封蝋をされた極秘電報である。電磁タイプの宛名は、ドメウス参謀総長のコード。
「困ります、お返し下さい!」
「この電報は、副官の私が預かる!」
 チーフ士官は、今にもつかみかかりそうな形相になった。
 だが、ロアンの高声を聞きつけたらしい衛兵が近づいてくるのを見て、諦めた。
「この電報は、副官殿が直接受けたことにして頂けませんか」
 士官の眼には哀願の色があった。
「責任は、私がとる」
 ロアンは、そこでUターンした。

 グラドス本国政府からの電報に眼を通したル・カインの形相は、一変した。
 もう一度読み返す手は、激しく震えていた。
 はげしい屈辱と怒りがないまぜになったル・カインの顔は、ロアンガ初めて眼にするおそろしいものであった。
「この内容を知っている者は?」
「通信セクションのチーフ士官と、その関係者かと思われます」
 ロアンは、燃えるようなル・カインの眼を冷静に見返して答えた。
 頷いたル・カインは、デスクへ三歩で突進するや、直属の保安隊長に命令を発した。
「最優先の特別命令を伝える。ドメウス参謀総長とキール軍医長官を逮捕しろ! 罪名は、特別叛逆罪だ。さらに、通信セクションのチーフ士官及び現在の当直スタッフ全員を拘禁しろ! これについては改めて指示する。以上!」
 ル・カインは、通話器を叩きつけてからドッカと椅子に身を沈めた。そして、改めて電文に眼を通した。
  本国政府の安楽椅子のどもに何が判る! 地球の大掃除を始めたばかりの私を、更迭するだと、ふざけおって!」
 ル・カインは、怒りに任せて電文を粉々に破り棄てた。
「更迭  本当ですか?」
 ロアンも悪い知らせであるとの予想はついていたが、まさか占領軍総司令官の更迭といったことまでは考えられなかったのだ。
「新司令官は、ドーグ提督  ドメウス参謀総長めの陰謀だ!」
 ロアンは、再びドメウスの憎しみに満ちた形相を思い浮かべた。
「閣下が私を副官に抜擢なさったことが、参謀総長殿には不服だったと思われます」
「言ったはずだ! 有能な人材であれば誰であろうと登用する、とな!」
 ル・カインはテーブルをいていた。
「ドメウスは、有能な人物にとりいって右腕のような顔をしながら、己のボスを失脚させ、手柄のみを横奪りして出世してきたウジ虫以下の奴だ! 己の無能を知った上での処世術も、度を越せば処分されて当然だ」
 ロアンは、次第に冷静さをとり戻してゆくル・カインの言葉を聞きながら、権力をめぐる闘争のまじさを犇々と感じた。確かに、ドメウスの蛇のような眼付きは陰謀家の感じだ。
「しかし、よく電文を手に入れてくれたな」
 ル・カインは、声まで柔らかくなっていた。
「ロアン・デミトリッヒ、私が君を登用したのは、やはり間違っていなかった。君は、このように有能だが、それ以上に、私に対して忠実であってくれる」
 ル・カインの眼からは、燃えるような怒りの色は消え、透明感に近いものが漂っていた。親密さまではゆかなくても、真実を語っているものの眼であった。
  光栄です」
 ロアンの言葉も忠実さが思わずこめられた響きとなった。
「無論、君がレジスタンスとつながっていないという保証はない……」
 言葉のとは違って、ル・カインは微笑を浮かべていた。その節度のある親密さが、ロアンにも好もしく思えた。ロアンも東洋人のような微笑を返した。
「ただ……私は、幼いから帝王教育を受け、周囲の者は全てライバルとして育ってきた。そのために、友人というものを持ったことがない」
 述懐するような、ル・カインの表情が、ふっとったように見えた。
「成長するにつれて、父が偉大なライバルとなった……その父が亡くなってみると、私は独りになっていた……」
 ル・カインは、やや天井を仰いで、その眼はか天空に向けられた。
「私はいま、友人というものに初めて興味をもったのだ……立場や生き方が異なっていても、紳士として心から話し合える人間……ロアン・デミトリッヒ、君にはいるのか?」
 ル・カインは、いつしかロアンをみつめていた。その眼は、仲間からとり残されたひとりぽっちの少年のように頼りなげであった。
 ロアンは、とっさに学校時代の友人の顔を想い出そうとした。同い年の少年が一軒おいた右隣の家に住んでいて、学校も遊ぶのも何でも一緒だったのだ。ところが、その一番親しいソバカスだらけだった友人の顔が思い出せなかった。
 かわりにすぐ浮かんできたのは、カッカしやすいデビッドの顔、お調子ものだが憎めないアーサー、つんけんしていても内心はナイーブなシモーヌ、そして妹のようなアンナ……そして、エイジ  そう、火星以来の”仲間たち”の顔であった。
「昔は、いました。でも、いまは……」
 ロアンは、そこで言葉を切った。
 ル・カインは、静かに頷いた。そして、改めて口を開きかけたとき、通話器のホーンが鳴った。
 ル・カインが素早く取った。
  判った。銃殺隊を待機させろ。すぐ行く」
 通話を終わったときのル・カインの顔は、激しい権力者のそれに戻っていた。ひとりぽっちの少年の孤独感などのように消えていた。
「君も来給え。処刑に立ち会うのだ」
 ル・カインは、ロアンの返事を待たずに足早にドアへ向かった。
   ドメウス参謀総長並びにキール軍医長官が特別叛逆罪で銃殺刑に処せられたのは、それから十五分後のことである。有無をいわせないル・カインの処断ぶりは、まさに独裁者そのものであった。
 ロアンは、吐き気をこらえて立ちながら、
(これで、ル・カイン自身、グラドス政府に対する叛逆者となったのだ……)
 と、心の中で呟いていた。


     4 エイジの慟哭


 地球製SPTが量産態勢に入り、第一次完成品が二十四基、工場テストをパスしたのが一九九九年十二月二十六日。直ちに、エイジをはじめデビッド、シモーヌらを教官として、レジスタンスSPT隊の訓練が始まった。
 夜間、グラドス警備隊の眼をかい潜ってアメリカの東部海岸沿いに北上。カナダ国境に近い内陸部の森や、原野、湖沼、岩石地帯などのあらゆる場所が実戦訓練の場となった。
 搭乗員の中には、昔の兵役経験者もいた。レンジャー部隊、海兵隊、空軍……など、様々であったが、いずれもSPTの三百六十度をカヴァする動きにとまどいを隠さなかった。むしろ、既成の兵士としての訓練を知らない柔軟な思考と若い体力をもつ”素人”のほうがSPTに対する順応度は早かった。
 エイジたちががつて経験したような、大気が希薄で重力も異なる火星や月面、あるいは宇宙空間などでの戦闘は、現在のところ必要はない。地球上のせいぜい海中を含むエリアでの戦いを想定すればよかった。しかも、SPTはコンピューター・システムによる自動操縦である。それをいかにれるかが訓練の大部分であった。
 四日間を通じて合計二十六時間のメニューをこなしたところで、全員がなんとかSPTを操れるところまでぎつけた。だが、そのうち六基が何らかの破損、あるいは故障箇所を抱える羽目になった。しかし、搭乗メンバーの意気は盛んで、明日にも実戦に遭遇したい口ぶりであった。
  参ったなあ」
 夜、キャンプでデビッドが珍しく弱音を吐き出した。エイジたちの前には、缶詰のおきまりの食事に加えて、シモーヌがみつけてきた野草の油炒めがいい匂いを漂わせているのにも気づかないようであった。
「SPTってのは、航空機や車といった直線主体の動きではないんだ。円運動を中心にする廻込みとか、Sの字とか、いくらいっても判らねぇ!」
「仕方ないさ、SPTなんて武器はもともと地球にはなかったんだ」
 エイジが慰めるように言って缶ビールをほうってやった。そのビールを手にしたときだけ、デビッドの眼が少し輝いた。
「そうよ、そのためにこうやって訓練してるんじゃない」
 シモーヌが二人と等間隔の位置に坐った。
「その訓練が役に立たねぇ  わっ!」
 言葉の途中でプル・トップを勢いよく引いたデビッドは、吐き出した泡をモロに顔面に浴びて悲鳴をあげた。
 シモーヌがふきだし、エイジも笑い声をあげた。
「シッ、静かに……どうやら、お客さんらしいぜ」
「夕食はぬきになりそうだな」
 エイジも反射的に携行ランプのりを消していた。既に、夜気を震わせて接近してくるSPTのエンジン音がきこえ始めた。
「敵のSPTよ!」
 シモーヌの声も緊張に震える。
「十基、いや二十基はいそうだな!」
 デビッドは、すばやく夜空に向かって非常用の信号弾を撃ちあげた。
「みんな、SPTに搭乗ッ! 敵襲だーッ!」
 エイジもテントの間をレイズナーに向かって走りながら大声で叫んだ。
 グラドスのSPT夜襲部隊は、山側と海側から降下しながら、早くもレーザー砲火を浴びせてきた。
 テントが一瞬にして紙のように炎をあげ、四散する人影も二人がレーザーの直撃を受けてふっとんだ。
 テントの周辺にある地球製SPTの遮蔽物のないものから光に貫かれ、次々と爆発してゆく。ようやく搭乗員が間に合って動きだしたものも、射的人形のようにバタバタと射ち倒され、砕け散った。
 かろうじて反撃に転じたSPTも正確にターゲットを捉えることができず、いたずらに射ちまくるうちに敵の餌食となってゆく。
 ようやくレイズナーを発進させたエイジにも、とっさに有効なはなかった。一基や二基を倒してもどうにもならない。
「デビッド、シモーヌ、みんなを頼む!」
 エイジは思いきって左右の敵に攻撃をしかけておいて、急上昇に移った。はたして、旋回しながら螺旋状に上昇するレイズナーにつられて、十基余りのSPT編隊が追撃してきた。
「レイズナーだ!」
「レイズナーが健在だぞ!」
 切れぎれに敵の驚きの声が交錯する。
 ル・カインが叩き落としたはずのレイズナーが幽霊のようにったのだ。敵の狼狽ぶりは想像に難くない。それは、エイジの狙いでもあった。
「行くぞ、レイ!」
 エイジは、高度二千メートルで反転しざま急降下に移った。
 空中にバラかれた黒い豆粒が、急速に大きさを増しながら、レーザーの乱射をしかけくる。
「V−max、発動!」
 エイジは、レイズナーを敵SPTの集団の中心めがけて突っ込ませながら、V−maxを発動させた。
 瞬間、レイズナーはい流星となった。

 約四分後、敵は半数をって退却していった。
 だが、地球製SPTは、十八基が完全破壊され、残りの六基も人間にたとえれば重傷で使いものにならない。
 搭乗員は、死者二名、重軽傷者八名。死者が少なかったのは、SPT搭乗前に大部分が破壊されたからである。
 エイジたちは、負傷者を助け、闇にまぎれて脱出した。
 完全な敗北であった。
 さらに重要なのは、地球製SPTで戦おうというレジスタンスの根本戦略が否定されたことであった。
 もはや、絶望であった。
 地球人をグラドスから自由にするというエイジの使命も  
 エイジは、レイズナーのコクピットのなかで、初めて慟哭した……。

 エイジは、ひとり暗い海に向かってうずくまっていた。涙はれている。
 わずかの油断で、貴重なレジスタンスの戦士の命と、SPTを失った。
 そのくやしさ、怒り、憎悪が心の中を嵐のように過ぎて、無力感が訪れた。
 いまは、その無力感も色褪せて、心が空白の状態になっていた。
 闇の中から、潮の香りを含んだ空気がやさしくエイジを包み込んでくれる  
(三年間の、あのときと似ている……)
   エイジは、単身グレスコ艦に突入した。そのあと、意識は空白状態になった。
 いまと同じように、闇と、潮の香りだけをかすかに肌が覚えている……。
 そして、気がついたときには、海辺に近い林の中の廃屋に横たわっていた。そばには、エリザベスがいた。
 エイジには、まだそのとき、生きているという実感はなかった。奇妙な浮遊感だけだった。
 身も心もズタズタになったエイジを、絶えず悪感が襲った。
 エイジを抱きしめ、肌で温め続けたのはエリザベスであった。
 エイジは、遠い昔、母に抱かれた記憶を甦らせた。
 やがて傷がえ、心の記憶も赤ん坊から幼児、そして子供へと成長するように徐々にとり戻していった。
 野草を摘み、魚や貝を採って生きるふたりだけの日々が五ヶ月を過ぎていった。
 そして、ある日、エイジは男になった。
 光と潮風のなかで、エイジの魂の再生のための愛の儀式であった。
 エイジがエリザベスと共にギルバート博士の組織するレジスタンスの戦列に加わったのは、それから間もなくであった……。
   いま、マンハッタンに寄せる潮風はある。だが、光はない。
 ふと、誰かが遠くで呼んだような気がして、エイジは顔をあげた。
 かすかな光の気配があった。
 じっと眼をこらすと、それは星になった。
 遠い宇宙の海を旅してきたきであった。
『エイジ、本当の男というのは、絶望のどん底から歯を食いしばって立ち上がるやつのことだ……』
 昔、父親の肩で星を見上げたときに聞かされた言葉が、鮮明に甦ってきた
   エイジはいま、独りで立ち上がった。向き直ると、グラドス・タワーの灯が、挑むように輝いていた。


     5 孤独の帝王


 ル・カインは、暖房のきいた快適な執務室で、焼きうち作戦の報告に眼を通していた。
「六十パーセントか、これから最後の仕上げだ……」
 予定より二十パーセント分が遅れている。
 普通なら、怒るところだ。が、ル・カインは満足そうであった。
 特別攻撃部隊が地球製SPTの秘密訓練を完全に叩いたのである。
 このことは、ル・カインの総司令官としての力を鮮やかに誇示すると同時に、レジスタンスの出端く効果が大きかった。
 特に、レジスタンスに与えたパンチは、ボクシングのカウンター・パンチによるダウンを奪ったほどの効果といえる。
 しかし、気がかりなこともふたつあった。
 ひとつは、レイズナーの復活。
 だが、それに対する勝算はある。ザカールのV−maxが優位であることは、この前の対決で証明済みなのだ。
(何度でも向かって来い、エイジ。獲物は、タフなほど仕留めがいがあるってものだ)
 問題は、もうひとつの方だ。
 地球占領軍総司令官の更迭  これには、をくくってかかる必要があるだろう。
「地球は、父が征服し、植民星とした。そのあとを私が継いだのだ」
 本国の老政治がどもの政争の具につかわれるなどまっぴらであった。
 グラドスを豊かにし、グラドス人の不満を解消させ、活性化させるための植民政策なら、他にも惑星はある。
(だが、地球は、この手で造る)
 ル・カインは、生きた芸術品を考えていた。
 そのとき、秘書官の制止の声がして、ジュリアが入ってきた。必死の表情であった。
 ル・カインは、眼で秘書官を追いやった。
「ル・カインさま、お願いです。地球人たちに対する暴挙を今すぐおやめ下さい」
 ジュリアの気品に充ちた表情の陰に心の焦りがんでいる。だが、その眼にはとしたきが宿っているのだった。その気高い光は、たとえ今すぐ殺されようとも魂が肉体を去る最後のときまで消えるころはあるまい、とル・カインに思わせた。
「ジュリア、お前がここへ来たのは、私の寛大な慈悲の心に感謝するためかと思ったが、お説教とは心外だな」
 ル・カインは、唇の端に冷たい笑みをうかべてジュリアを見返した。
「ル・カインさま  
 静かに見返してくるジュリアの眼には、冒しがたい力がっている。そのことがル・カインを苛立たせた。
「私の仕事に対する口出しなら聞かぬ! 地球を浄化し、理想とする国を作ることが私自身に課した私の責務なのだ」
 そのとき、慌しいノックの音と共に、副官のロアンがとび込んできた。その場にジュリアがいるのを認めたロアンの眼には狼狽の色がかすめた。
「落ちつけ、ロアン」
 ル・カインは、許可を待たずにとび込んできたロアンをめるというよりは、からかうような眼で見やった。
「失礼  本国政府からの公電です」
 ル・カインは、電文を受けとりながら、退出しようとするジュリアに椅子にかけていろとをしゃくった。ジュリアは、椅子の背に片手をおいて窓外に眼をやった。
 ル・カインは、ほとんど表情を変えずに電文に眼を通した。
 グラドス歴第「大周期一九三四年第十三の月第十六日発  電文はそう始まっていた。
『地球占領軍総司令官にドーグ提督が同日付をもって任命された。新司令官の到着時をもって、地球占領軍は全軍、新司令官の指揮下に入れ  
 ロアンは、受信時に立ち会い、電文の内容を知っている。電文は、更に、ドーグ提督の艦隊は、かつてのグレスコ艦隊の約三倍の規模を持つと記されているのだ。明らかに地球の反乱軍を予想し、鎮圧する用意といえた。
「引退間近のドーグ提督がはるばるこの辺境までやってくるとは……歓迎してやらなければならんな」
 ル・カインは、新しいゲームを前にした少年のようにゾクリとする笑いをうかべた。
「そう  まず、宙港の破壊だ」
「ル・カイン閣下!」
 ロアンの声が上ずっていた。
 ジュリアも同時にル・カインを見返った。
「宇宙空港を破壊すれば、ドーグ提督の艦隊と全面戦争になるかと  
「私の理想の実現を邪魔する奴は、何人といえども排除する。戦闘をのぞむなら、受けて立つまでだ」
 ル・カインは、力強く宣言した。
「ル・カイン閣下  
 ジュリアが思わず進み出た。
「ロアン副官、直ちに作戦にかかれ!」
 ロアンは一瞬の間に何かを飲みこむような表情で「はっ」と短く答え、一礼して去って行った。
「ル・カイン閣下、なぜ、これ以上の新しい血を流すことをお望みなのですか?」
 ジュリアは静かにいた。
「好んで血を流そうとは思わぬ。しかし、コンピューターに全てを任せきって惰眠をみさぼる長老どもが支配権を握っている限り、グラドス自身に発展はない」
 ル・カインは、グラドス星とグラドス人の遠い未来をみつめる眼であった。その未来も、ル・カインの考えるバラ色の未来であろう。
「私が、この星での理想世界を実現させ、それを梃子にしてグラドス政府そのものも改革する。それによって、活性化させるのだ!」
 ル・カインは、ジュリアをめつける眼に強いエネルギーをこめた。
 ふっと、ジュリアの眼に揺らぐものがあった。それは、れみにみえた。だが、ジュリアの口は開かれなかった。
  なぜそんな眼で見るのだ、ジュリア!?」
「ル・カインさま……あなたは、この世で一番大切なものをご存知ないのですね」
 その瞬間、ル・カインの眼がスッと細められた。危険な光があった。
  何が言いたいのだ!?」
 ル・カインの声は低かった。
「いえ……本当は、少しずつお感じになっていられる……でも、そのことを一生懸命に否定なさっていられる……」
  私が、何を否定してると!?」
 ル・カインはゆっくりと一歩を踏み出していた。
「……生きる命を慈しむこころ……愛というものを、認めようとなさらない……」
「愛だと!? そんなものは、愚劣だ! くだらん」
「なぜ、愚劣なのでしょう?」
 何を今さら、というふうにル・カインは冷笑を浮かべた。
「すべて動物的本能から根ざした下等な感情作用だ。高度な知的精神の崇高な営みが、人間を動物とへだてる唯一の価値なのだ」
 ル・カインの口調は、しだいに熱がこもり始めた。
「私は支配者として、愚劣なものに惑わされている原始的な人間を、より高い知性へと導くことが責務だと考えている」
 ル・カインは、自らの言葉に酔っているようであった。その証拠にいつしか拳を握りしめ、頬は薄紅を掃いたようにうっすらと紅潮してきている。
 ジュリアは、短く吐息を漏らした。
  ご理解いただけないのですね」
「お前こそだ、ジュリア! もっと眼を開いて現実を見るのだ。地球は、これから生まれ変わる! この私の手によって  
 ジュリアは、優雅に一礼した。そして、静かに背を向けた。
「待て、まだ話は終わっておらんぞ!」
 ジュリアの足が停まった。
「これで、おいとま致します」
「なに!? どういうことだ、ジュリア!」
 ル・カインは、一歩で距離をつめ、ジュリアの肩をんだ。そして、強引にジュリアの花車な体をねじらせた。その顔を見たル・カインは、思わず息を飲んだ。
 ツーと、一筋の涙がジュリアのバラ色の頬を滑り落ちた。
「……!」
 その涙は、清らかな光を放ってル・カインの手の甲に落ちた。ふっと、手の甲に温もりがみた。
 反射的にル・カインは手を放していた。
 ジュリアは、ル・カインの傍をゆっくりと離れていった。
   ほのかなジュリアの香りが残った。
 ル・カインは、手の甲からゆっくりと広がってゆく涙のぬくもりにとまどいながら、じっと立ち尽くしていた。
  閣下!」
 秘書官が怪訝顔かせた。
「ジュリアの処置は、いかが致しましょう?」
  勝手にさせておけ」
 ル・カインの口調は、どこか上の空の感じがあった。
 ジュリアは、去った  


(愛か……愚劣な……!)
 ル・カインは、深々と椅子に身を沈めたまま、胸の中にあいた空洞を感じた。そのポッカリあいた空洞に、甘酸っぱく切ない奇妙なものが広がっている。
(なんだ、この妙な気分は……!?)
 それは、ジュリアがこの部屋に残したかな残り香のせいとも、手の甲にしたたった涙のぬくもりの作用とも思えた。
(残り香など、揮発性の体液が微量だけ空気に混じったものに過ぎない……涙か? 涙は、水分と塩分がどのやはり体液に過ぎぬ)
 そう考えても、ひとたび胸の奥に巣くい始めた息苦しいものを鎮める効果はなかった。そして、耳の奥には、ジュリアの唇からこぼれた″愛〃という言葉が薄い金属の板を震わせるようなとなってリフレインされていた。
「やはり、ジュリアは殺すべきだったのだ、あのときに  !」
 ル・カインは、低く呟いた。
 グレスコ提督はジュリアを殺せと最期に言い遺した。その命令に逆らったのは、誰が真の権力者であり、支配者であるかを証明するためであった。殺そうと思えば、いつでも殺せる女であった。
 だが、結果はジュリアに自由を与えたのだ。
 と、いうことは、ル・カイン自身に殺す意志がなかったことになる。
(いや……殺したくないと思ったのだ……しかし、なぜ?……)
 ル・カインは、力を弱めた冬の陽ざしを窓ごしに見て眼を細めた。
(いつか、ジュリアの笑顔を見たいと思ったのだ……)
 ル・カインは、自らの心の迷路に小さな光を当てて、ビロードのような心のにひそむ答えを探り出した。だが、その解答自体がル・カインの理性を惑わせるものだった。
「なぜだ。なぜ、下等な地球人との混血女の笑顔などを……!?」
 ル・カインは、思わず肘当ての部分を平手で叩いて呻いた。
 そのとき、副官のロアンが準備完了を報告するためノックしなければ、ル・カインはこの部屋をとび出していたかも知れない。母を慕う幼児が眼の前の危険など見る余裕もなく車道を突進するように、やみくもにジュリアを求めて……。


     6 狂ったエリザベス


 レジスタンス地下工場では、ギルバート博士たちが頭を抱えていた。
 地球製SPTの訓練時における全滅  
「しかし、今となってSPTにかわる作戦はない……」
 デビッドたちも博士の言葉に頷いた。
 結局のところ、搭乗員の訓練不足が敗北の大きな原因である。
 しかし、屋内のシミュレーション訓練と実戦では、はじめから次元が違うのだ。
「なんとかやつらの眼をくぐって、訓練する他ないだろう」
 デビッドは、結論のように言いきってエイジを見やった。
 エイジは、無言であった。
 そのとき、技術者が血相変えてとびこんできた。
「Dr.エリザベスが、大変ですッ!」
 デビッド、エイジ、シモーヌらが飛び出した。

 SPTの組立セクションでは、エリザベスが鉄パイプをふりかざし、完成した部品を打ちこわそうとしていた。
「こんなものを作ったってムダなのよッ! ムダなのよッ!」
 エリザベスは、狂ったように新しいSPTの部分品に向かって鉄パイプをふるい続けた。
 そこへエイジたちが駆けつけた。
「やめるんだ、エリザベス!」
「停めないで!」
 エリザベスは、眼を吊りあげて喚いた。
「本当に平和を求めるなら、なぜ武器が必要なの!? もう、血を流すのはたくさんよッ! こんな武器なんて、今すぐ叩き壊すのよッ!」
 エリザベスは、また新しい部品に向かって鉄パイプをふるい始めた。
「Dr.……狂っちゃったの……?」
 シモーヌの声は震えていた。
「狂っちゃいない……絶望したんだ……」
 デビッドは、進み出て行くエイジを見ながら呻くように言った。
「来るな!」
 エイジに向かってエリザベスが叫ぶ。
「判っているはずだ……占領軍から地球を解放するためには、武器が必要なんだ。戦わずして平和を手に入れることは不可能だ」
 エイジは、静かに、だが力強く説得しながらエリザベスに向かって進んでいった。
「もういい、たくさんよ! これ以上、人が死ぬのなら、そんな平和なんていらない!」
 エリザベスのふりまわしたパイプが、エイジの肩に当たった。ボグッ、というような音がした。誰もがハッと息を飲んだ。
 だが、エイジは顔色ひとつ変えず、エリザベスの眼を正視したまま一歩、また一歩と近づいてゆく。
「来るな!」
 エリザベスは、今度は正面から打ちすえる構えで鉄パイプをふりかざした。
 エイジは、進む。
  来ないで!」
 エリザベスの手に力がこもり、顔が悲痛に歪んだ。
 エイジは、止まらない。
「来ないでよォ……!」
 エリザベスが悲鳴のように叫んだ。
 その前にエイジが立った。
「俺を打って気が済むのなら、打てばいい。だが、このSPTには、みんなの努力と希望がこめられている……。あなたに、それを破壊する権利はない」
 エリザベスの全身からゆっくりと力が脱けてゆき、鉄パイプが床に落ちた。意外に澄んだ金属音が地下工場の中に谺した。
 崩れ落ちそうになるエリザベスの体をエイジが両手で抱きとめた。
「……寒いの、とても……凍えそうなほど……」
 涙を流しながら、エリザベスは本当に全身を震わせていた。
  医務室へ……」
 進み出たシモーヌを無言で制して、エイジはエリザベスをその逞しい腕に横抱きにして歩きだした。
 そこには、騒ぎを知って駆けつけたアンナが棒立ちになっていた。その大きな瞳が悲痛なものをえている。
 エイジは、エリザベスを抱いたまま進んでくる。
  !」
 アンナが身を翻そうとした。
「アンナ!」
 エイジの声が、アンナの足をづけにした。
  熱い飲みものをたのむよ」
「……はい」
 エイジの規則正しい靴音がアンナの脇を通り過ぎていった。その後ろ姿をアンナは見ようとはしなかった。
「残酷なエイジ。アンナは、エイジを愛しているのに……!」
 シモーヌは、アンナがゆっくりと調理室へ向かうのを見ながら呟いた。
「なに怒ってんだよ」
 デビッドが聞き咎めて言った。
「Dr.を医務室へ運ぶだけじゃないか。ラブ・シーンじゃないぜ」
「そうね」
 シモーヌは気のなさそうに頷いた。
「でも、もっとタチが悪いわ」
 シモーヌが休憩室へと向かって歩き始めた。デビッドはあわてて肩を並べた。
「おい、シモーヌ、いやに奥歯に者のまったような言い方をするじゃないか。まるで、エイジとDr.に何かあったみたいな  
「あったのよ」
 シモーヌは、デビッドにすらっと言ってのけた。
「私たちの知らない空白の時間に、二人は一緒だったんだから」
「お、おいッ!」
 デビッドは、追いすがりざま、資材置き場の陰へシモーヌを押し込んだ。
「何すんのよ!」
「滅多なことを言うなよ。それとも何か、証拠でもあるのか!?」
 シモーヌは首を振った。
「でも、これは女の勘よ」
「バカバカしい。エイジはアンナを愛してるよ。三年前からな!」
「でも、Dr.は、オトナの女性  エイジの心の痛手をやすには、直接的な愛が必要だったと思う……」
「必要だったのなら……Dr.がそう判断し、それでエイジが立ち直れたのなら、それでいいじゃないか!」
「でも  
 いきなりシモーヌの頬にデビッドの平手打ちがとんだ。
「でもでもでも! うるせえんだよ!」
 きっとなったシモーヌに、デビッドは吼えるように言葉を叩きつけた。
「もし、Dr.とエイジが過去に何かあったとしても、それは済んだことだ。いま、エイジは確かにアンナを愛してるんだ! そりゃァ、あいつのことだから言葉や行動には出さないが、俺にはよく判る!」
 デビッドの一語一語は、説得力を持ってシモーヌの胸に響いた。
「俺は、エイジと年中、死線を潜ってきた。極限状況におかれていると、相手が何を考えているが、テレパシーのように瞬間的に判るようになる。  間違いなく、奴はアンナを愛しているんだ」
 デビッドは、まるで自分が愛を告白するような切迫した顔付きであった。
「だから、余計なことを言うな! もしも、アンナが下らんヤキモチをいたり、心が動揺するようだったら、そいつを慰めてやるのが女の友情だと思うぜ  女にも友情があるのなら、だがな」
 デビッドの言葉から、普段はりあったりするエイジに対して、うかがい知れない信頼と友情を抱いていたことが、シモーヌにも初めて感じられた。
 シモーヌは、なぜが胸がキュンとなった。
「デビッド……キスして」
  え!?」
 デビッドは、古典的形容だが、鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった。しかも、何千発もの豆を直撃されたような顔だった。
「シ、シモーヌ!」
 デビッドが上ずった声で突進してきた。
「いけない、調理当番の時間!」
 シモーヌに身をかわされたデビッドは、冷たい鋼鉄の資材の山に口づけしてしまった。
「いつか、あいつには五つ子、いや、七つ子を生ませてやる!」
 デビッドが喚いて向き直ると、資材を運びに来た髭面の男が化けものでも見たような顔で棒立ちになっていた。
「あ  気にしない、気にしない」
 デビッドは、笑いで誤魔化して、一目散に逃げだした。


     7 訪れた聖女


 医務室で眠っていたエリザベスは、夕方近くになって眼ざめた。傍には、心配そうなアンナが見守っていた。
  Dr.、ご気分は?」
「ありがとう、アンナ……もう大丈夫よ」
 エリザベスは、上半身を起こした。
「まだ、横になっていた方が……」
「いいの、何だかスッキリしたわ……でも、とり乱して、ご免なさいね」
 アンナは、愛くるしい笑顔になって、小さく頭をふってみせた。
「私、どうかしてたのね……」
 エリザベスの声にも、その表情にも、あの半狂乱の様子はかけらもなく、爽やかに感じられる。アンナは、内心ホッとした。
「何か、冷たい飲みものでもお持ちします」
「待って……」
 エリザベスは、ベッドに腰かけた姿でアンナを招いた。
 アンナが近づくと、エリザベスはその頭ごと胸に抱きしめた。
「Dr.  
 アンナは、背筋に冷たいものが走るのを覚えながら、声をつまらせた。
「……大丈夫、気は確かよ」
 エリザベスは、アンナを離すとしげな微笑をうかべた。
「何だか、とても子供が欲しいと思ったの。この胸に抱きしめたいって……あなたは、体験教室で最年少だったのでしょう」
「……はい、あのとき、十四歳でした……」
 アンナはとまどいながら答えた。
「そう。でも、もう十七歳……立派なレディだわね」
「レディなんて……いまだにみんなから子供扱いされています  
 アンナの声には、かすかな不満の響きがあった。
「いいえ、大丈夫よ。いまに平和になれば、愛する人と結ばれて、赤ちゃんだって生まれるわ」
 アンナは、ときに空想する自分の夢のシーンを見透かされたようで、思わず頬に血がのぼるのを覚えた。
「Dr.もいつかは、きっと……」
「私は、駄目  
 エリザベスは、感情のこもらないハスキーな声を出した。
「私は、体験教室のインストラクターとしての実務についたとき、子供が生まれないような処置を受けたの」
「え……!?」
 アンナは、とっさにのみこめなかった。
「宇宙服は着てても宇宙線で被曝しないとは限らないわ、事故などで。万一、宇宙線を浴びても、抗宇宙線ホルモン剤をのめばいいようになったのは、あなた達が宇宙へ旅立つ前だったし……」
 アンナは、淡々としたエリザベスの言葉に声もなく頷いた。
 まだまだ、人類が宇宙へ進出してゆくためには多くの犠牲を払う時代だったのだ。アンナは、そうしたことも知らずにただ宇宙に憧れていた三年前の自分を想いだした。
(もしかしたら、人類は、宇宙へ飛翔するには早過ぎたのではないかしら……他の惑星へ行く科学的手段だけを発達させても、人の体や心までは、気を配れない……いびつな宇宙進出……)
 それが、もしかして、不幸なグラドスとの遭遇をもたらしたのかも知れない  アンナの心にそんな疑問がうまれた。
「ごめんなさい、私ったらお喋りね  
 エリザベスは、力強く言って降り立った。
「エイジやみんなに謝らなくちゃ」
「エイジ  彼は、出かけました」
 怪訝顔のエリザベスに、T野鼠マッシュ〃が呼びに来たことを説明した。
 マッシュというのは戦災孤児だが、すばしこく逞しい少年である。ガウという野良犬と兄弟のようにねぐらをもたずに暮らしていたが、エイジと出会って、すっかり「兄貴」となついていた。いまも、一人前のレジスタンスのメンバー気どりで、グラドスの情報を集めてくる。そのすばしこさからT野鼠〃のニックネームをつけたのはデビッドだった。
「そう、マッシュが……何かあったのかしら」
「ちょっと来てくれって……マッシュは急いでいましたから  
 アンナもふと不安な眼になった。エイジは、武器を持たずにとび出していったことを思いだしたのだ。

「こっちだよ、兄貴!」
 マッシュは、野鼠と呼ばれるすばしこさで瓦礫の山から谷間へと巧みに駆け抜けて、エイジを小さな公園だったらしい場所へ案内していった。りは夜だが、月光があった。
 涸れてしまった噴水の前で立ち止まったマッシュは、改めてあたりを見まわし、安全を確認してから、一角に残った茂みに向かって合図の口笛を吹いた。
   ワン!
 低く、ガウの答える声がして、フードつきの長着を着た人影が静かに現れた。
  エイジ……」
 月光の中でフードを後ろにおろしたのは、クスコの聖女・ジュリアであった。
「姉さん!?」
 エイジは、思わず駆け寄った。
「よく無事で! 今までどこに居たんだ!?」
 エイジは、やさしくほほえむジュリアの両肩をわし掴みにして矢継ぎ早に質問した。
「グラドス・タワーです」
 ジュリアは、グレスコに捕らえられたのち、ル・カインに軟禁されていたことを手短に説明した。
「それにしても、ル・カインがよく自由にさせたもんだ!」
 とっさに、エイジの心には、ル・カインの罠では?  という考えがいた。
「これは罠ではありません」
 ジュリアは、エイジの心を見すかしたように静かに言った。
「ル・カインは、それどころではないでしょう。本国から大艦隊がくるようですから」
「司令官が交替する話はきいた」
 エイジは、ル・カインが独裁者への軌道を走りだしたことを思い起こした。
「すると、もしかしたら、ル・カインは総司令官の座に固執して……叛逆すると  !?」
 ジュリアは静かに頷いた。
「やっぱりか!」
 エイジは、呻いた。
 少し離れたところであたりを警戒していたマッシュとガウがこっちを見やった。
「私は、もうこれ以上、この美しい星を血でしたくはない……」
 ジュリアの声には、どこか感情を超越した透明感があった。
「地球……この美しい星は、守られるべきかも知れん……」
 かつて、ジュリアが命をかけて愛したゲイルは、宇宙に散るときにエイジにそう言い遺した。その言葉を、エイジはジュリアに聞かせたことがある。いま、ジュリアは、そのゲイルの魂にむかって語りかけているのだ、とエイジは直感した。
(いや、既に心は、死者の住む背外にいるのかも知れない……)
 ジュリアの精神が、東洋の仏教で言う″解脱〃の域にあるとすれば、人々が、地球の人間だけでなくグラドス兵士たちですた冒しがたい気持ちにさせられた理由も頷ける。おそらくジュリアは、海に落ちた三年前、生死の境を超えたとき″聖女〃となったのだ。世俗を超越した偉大な愛の魂の結晶体に  
  エイジ」
 ジュリアの言葉に、エイジは我に還った。
「私を今すぐクスコに連れていって下さい」
「クスコ  ?」
 大きく頷いてヒタとエイジを見つめたジュリアの瞳には、限りなく優しく、それでいて冒し難い力がこもっていたl
「わかった……」
 エイジは、クスコにおそらく″グラドスの刻印〃の手がかりがあるのだろうと確信した。だが、その質問を呑みこんで、ジュリアに背を向けた。
 月光のなかをジュリアが歩きだす。それにひかれるようにマッシュとガウが駆けつけてきた。
 マッシュは、いつの間にか七つ道具と全財産の入った汚い布製ザックを肩にしている。もう、このねぐらには用はないといった表情であった。
 どこに行くのかとも聞かなければ、同行のOKも求めない。
 来るな、と言ってもマッシュとガウが行くと決めたらそうするのだ。
 誰の命令も受けない、風のままに自由に行動するマッシュとガウであった。
 エイジは、そんな一人と一匹をよく知っているので、黙って地下工場へと急いだ。

第三章 グラドスの刻印






     1 四万年を超えて


 地下工場に現れたジュリアを見て、デビッドたちは眼を丸くした。
「よく、ご無事で……」
 アーサーが調子よく顔を出した。
 グラドス本部内の慌しい動きは、何らかの大戦闘の準備と思われる。アーサーは、そのことを知らせに来たのであった。
「レジスタンス狩りじゃない。おそらく、グラドスの新司令官の艦隊を迎えうつ準備だ」
 エイジの言葉に、ジュリアが、ル・カインの執務室で見聞きしたことを補足した。
 グレスコ艦隊の三倍の規模ときいて、誰もが絶望のあまり、沈黙してしまった。
「アンナ、なんか食いものない?」
 マッシュだけがいつもの調子でアンナにねだっている。アンナは、苦笑しながらマッシュとガウに乾し肉とビスケットを出してやった。たちまち、マッシュたちは先を争ってガツガツと食べ始めた。
 その間に、エイジは簡単にクスコ行きを告げた。
「じゃ、″グラドスの刻印〃とやらのある場所が判ったんですね!?」
 デビッドもふだんの荒っぽさはなく、美しいジュリアの前で田舎から出てきた騎士のような態度であった。
「はい……」
 ジュリアは、そう答えただけであった。
「エイジ、俺もいくぜ!」
 デビッドが力強く言った。
「私も行きます」と、シモーヌ。
「でも、皆さんは……」
 ジュリアが遠慮がちに口をんだ。
「いや、エイジだけを行かせるわけにはいかないんです!」
「そうだよ」
 アーサーも身をのり出してきた。
「おれたちは、仲間なんスからね」
 頷いたエイジが、アンナを見やった。
「私も、私も行きます!」
 反射的にアンナが言った。
 エイジが頷いた。
 デビッドたちがエリザベスを見た。
「私も、一緒に行っていいかしら?」
「よし、行こう!」
 デビッドが先に立った。
「その前に、ギルバート博士にことわってくるわ」
 エリザベスが敏捷な身のこなしとび出して行った。
「元に戻ったみたいだな」
 デビッドの言葉に、アンナがニッコリ笑った。

   十五分後。
 地下工場の格納庫から、レイズナーを先頭に五基のSPTが太平洋上へひそかに飛び立った。
 行先は、南米大陸ペルーのクスコ。
 レイズナーのコクピットには、ジュリアが同乗していた。
  姉さん、そろそろグラドスの刻印≠フことを話してくれないか?」
 ジュリアは、頷いた。
「まず、グラドスの先史時代から話しましょう……」
 エイジは、仲間たちにきこえるように通話器をオープンにした。
「グラドス先史時代の終わり  地球暦で、およそ四万年前のことです……」
   グラドス星人は、先史時代の第三期コンピュートピア時代という、繁栄の頂点にあった。
 だが、このときグラドスのマザー・コンピューターが重大な警告を発したのである。
『グラドス人の種としての生命力に衰退現象が著しい。放置すれば、種として滅亡するであろう……』
 政府をあずかる少数の賢人会議は、この重大な警告に対して知恵をしぼった。
「グラドス人を種として維持し、活性化させるために、同種のより強い生命力を求めて注人する」という最終案が決まった。
 おりしもグラドスは、宇宙航海時代に入っていた。
 そして、銀河系辺境にたどりついた一隻の探査船が、地球において発展途上の同種の生命体  人類を発見したのである。
 探査チームは、原始的な生命力あふれる地球人から、生命核を採取した。
 この生命核を本星に持ち帰り、グラドス人の遺伝子のなかに組み込んだのである。
 この結果、グラドス人の優秀な知能と、地球人の強い生命力をもった新グラドス人≠ニでもいうべきものが誕生した。これが、現在のグラドス人の祖であり、従って地球人とは同胞のわけである。
 ともあれ、グラドス人は甦った。
 だが、賢人たちは、地球人類に対して若干の恩返しをした上で、ひとつの危惧を抱いたのである。
もし、将来、地球人類が発達し、科学文明をもって宇宙へ進出するようなときが来たら?
 そのとき、生命核を分かちあった同胞であるグラドス人と地球人が、不幸な遭遇をすることがあり得ないとはいえない……。
「賢人たちは、そう考えたのです」
 ジュリアが、息をついた。
「おれも、フォロンからおよその伝承を受けている……」
 エイジが呟いた。
 賢人たちは、ふたつの人種の不幸な出会いを避けるために、お互いが同じ茎に咲くふたつの花のように、同胞であることを示す証を残しておく必要があると考えた。
「グラドス人と地球人が同胞である証  それがグラドスの刻印≠セった……だから、その証をみつけ出し、真実をお互いに知ることができれば、地球人とグラドス人の争いの無意味なことが理解される……」
 ジュリアは、無言でキャノピー越しに手にとるような近くに見える星々の輝きをみつめていた。その端正な横顔には、何の感情もあらわれてはいない。少なくともエイジにはそう見えた。
「そうだろう?……姉さん」
「ええ……」
 ジュリアは、星をみつめたままであった。
「不幸な出会いを避けるため、同胞であることの証としての刻印=c…でも、あなたが思っているのと少し違うセイフティ装置としてのある力≠煢Bされているはずだわ……」
「ある力  って、何のことだ!? 俺はフォロンからは聞いてはいない!」
 ジュリアは、それには答えなかった。
  姉さん!?」
 そのとき、レイが警告を発した。
「やはり捕捉されたか!」
 エイジは呻いた。
 いくら、グラドス軍が戦闘準備に忙殺されていようとも、五基ものSPTの動きは隠しようがない。そのことは覚悟の上であった。
「エイジ、来やがったぜ!」
 デビッドが喚いた。
「俺に任せて先に行ってくれ!」
「エイジ!」
「V−maxを使う!」
 ややあって、わかったというデビッドの声がはね返ってきた。
「クスコで会おう!」
「OK、クスコで!」
 エイジは、レイズナーをゆっくり旋回させながら、闇の中を浮上してくる光点の塊を見据えていた。
「姉さん、しっかり掴まっててくれ!」
 エイジは、姉が丸い姿勢をとるのをまってから、レイに言った。
「射程距離に入ったら、V−maxを発動をする!」
『レディ』
 レイは、いつもの調子で短く答えた。
 エイジは、近く光点を待ちながら、グラドスの刻印≠フもうひとつの力について想像してみた。
 だが、その余裕はなかった。
 レイズナーは、V−maxを発動した  


     2 クスコの遺跡


 南米大陸ペルー南部の高原盆地にクスコはある。十三世紀から十六世紀中期にかけてアンデス地方全域に大きな勢力を誇ったインカ帝国の首都がクスコであった。
 クスコは、インカ帝国の始祖マンコ・カパックがその一族と共にこの地に居を定めて以来、大きな石で宮殿や神殿、その他の建造物を作り、豊かな黄金による文化を誇った。しかし、一五三二年、黄金を求めて侵入してきたスペイン軍によって滅ぼされた。
 いま、標高三千四百メートルの高地には、かつてのインカ帝国栄華の名残として、石造建造物の遺跡が残っている。
 この近くには、地上絵で有名なナスカ平原や、ボリビアとの国境には様々な伝説を秘めたチチカカ湖などがある  
 エイジたちの一行は、アマゾンのジャングル上空を飛び越えて、クスコの遺跡群の外れに降りていった。なんとか、追撃隊をふりきったのである。まだ、夜明け前であった。
「ここには、インカ帝国の代々の王様が住んだ太陽の神殿≠はじめとして、選ばれた処女の館≠ネど、たくさんの建造物があったのです……」
 アンナが大小の遺跡の広がりを前にして、少し息苦しそうに説明した。ここは、高地のために酸素が希薄なのだ。
「古代インカの人たちがここに都を定めたのは、おそらく、グラドスの刻印≠フある場所が、太古の昔から聖なる場所≠ニして地球人に伝承されていたためなのかも知れないわね……」
 シモーヌがやや感動をおさえめに呟いた。
 遠い昔、宇宙船にのってやってきたグラドス人は、地球人にとっては神≠ニ呼ぶにふさわしい存在であったろう。そして、異星から天下ってきた神たちは、生命核を採取するかわりに初歩的な科学知識を授けたか、あるいは遺伝子操作を加えて人類のよりよい進歩を助けたことも考えられる。
 そして、遠い将来、宇宙のどこかで遭遇するときのことを予想し、その出会いが最も不幸な形であることを救うためのセイフティ装置としてグラドスの刻印≠残していったのだ。
「俺たちは、その偉大な先人たちの予想したなかで最も不幸な出会い≠してしまったってわけだ」
 ジュリアの説明を反芻していたらしいデビッドが妙に静かに声で言った。
 不幸な出会いはいま、さらに大きな悲劇へと向かっているのだ。グラドス本星から来る大規模な艦隊は、ル・カインの率いる現存グラドス占領軍とこれに協力する地球人を今度こそ徹底した武力によって粉砕することは明らかであった。
「その悲劇を止めるためには、偉大なる先人の知恵と遺産にすがる他はありません」
 いま、ジュリアは静かに言って、古い城砦の石壁の前に立ち停まった。
 五百年以上も昔、この石の都でインカの人たちはやはり同じように愛しあったり、憎みあったり、泣いたり、笑ったりしたのに違いない。草花や木や鳥や蝶など、すべてが黄金で造られた黄金庭園≠愛でながら、王や妃たちは永遠の楽園を愉しんだことであろう。
 だが、彼らの繁栄もさらに強力な近代的武器を持ったスペイン人の出現で、あっという間に滅び去ったのだ。豊かな黄金を手に入れようとする人間の醜い欲望のために  
 グラドスの新艦隊は、この地球を完全に手に入れるためにスペイン軍が海を越えて来たように、星の海をわたってやって来るのだ。
   ジュリアは、じっと祈るように物言わぬ石をみつめて立っている。
 わずかな星の光に浮かぶジュリアの顔は、いま大いなる決断のために蒼ざめていた。だが、その瞳には、強い勇気を思わせる光が宿っていた。
   ギィン……!
 空気を震わせる波動が伝わってきた。
  !」
 来た、というふうに、とっさにエイジとデビッドが一方を見やった。
 キュルン、キュルン、キュルン……。
 波動がはっきりした機械音となった。
「来やがったぜ!」
 アーサーが呻いた。
 わずかに白みはじめた空から、不気味な蛍の群れのように、ガンステードが何十機も降下していた。
「アンナ、姉さんを頼む!」
 エイジを先頭に、デビッド、シモーヌ、アーサー、エリザベスがSPTへ走った。
 たちまち、ガンステードからのミサイルやレーザー砲が唸り始めた。
 それらの光や炎は、古い石の都を真昼のように明るく照らしだした。
 レイズナーがレーザー・ガンの口火をきり、デビッドらもそれに加わった。
 高地の冷たい空気を裂いて走るミサイルは、空中に白い弾道の航跡を幾条となく残して石壁や城砦を破壊してゆく。
 だが、エイジたちの攻撃も次々と迫りくるガンステードを粉砕し、擱座させていった。
 左右にまわりこもうとする敵には、シモーヌの援護攻撃が有効に働いた。
 その後方で、アンナはジュリアを助けながら、石垣をまわりこんでいった。
 円形の石畳の広場へ出たとき、ジュリアはアンナを岩陰にとめて、一方の巨石へ向かって行った。
 その白い衣服の全身が、時折砲火の火の中に浮き彫りになる。ミサイルも至近距離をかすめる。だが、ジュリアは、いっさい気にすることなく、大いなる何者かの意志に導かれるように進み、巨石の前に立った。
「ジュリア……!」
 閃光にジュリアの姿がくっきりとひときわ鮮やかに浮かび上がったとき、アンナは思わず声をあげた。同時に、ジュリアの手にかざされたペンダントがいちだんと光り輝くのがみえた。ジュリアの手は、巨石の中央部に刻まれた奇妙な彫刻  ペンダントの模様と同じ形のくぼみの部分にペンダントを合わせていた。おそらく、それはグラドスの刻印≠ヨと通じる特殊なキイのようであった。
 そのとき、不意にガンステードの攻撃がピタリとやんだ。
 アンナは、思わずふり返った。
 レイズナーをはじめ、デビッドやシモーヌのSPTも攻撃を中止して、敵の様子を窺っている様子だ。
 レイズナーたちを遠巻きにしたガンステードの編隊のさらに向こうに、指揮しているらしいSPTが数機、後方へ退ってゆく。
「どうなってるんだ?」
 デビッドは、エイジにともなく言った。
「判らん……が、グラドス本部で何かあったのかも知れん」
 エイジの声は、シモーヌやアーサーの耳にも届いた。
「ル・カイン閣下の出方をみるとするか」
 デビッドが打ち切るように言った。
 グラドス本部の中央作戦司令室では、ル・カイン自身が指揮をとっていた。
「包囲したまま攻撃を中止、待機せよ」
 クスコの攻撃部隊に中止命令を出したのは、ル・カイン自身であった。
 すでに、ル・カインはそばにひかえた副官のロアンから、クスコが古代都市の遺跡があることを聞いていた。たしかに、クスコ市として現在は町になっているが、そこは軍事的にも資源その他の点からみても重要な場所とは考えられないのだ。
「奴らがそこで何をするのか、見届けてからだ」
 ル・カインは、ちょっとした宝探しでも愉しむような口調だった。
 そのとき、宇宙空港を破壊に向かった部隊から最終報告が届いた。
「〇六・〇七時、作戦完了。宙港は、完全に破壊されました」
 議長の声に、室内に居合わせた参謀をはじめ高官連中の間に驚きの声があがった。
「よし、直ちに帰投せよ」
 ル・カイン自らが隊長に答えて通信を切った。その顔には、厳しいなかにも満足そうな笑みがうかんでいた。
「ル・カイン閣下  
 参謀次長がおそるおそるル・カインの前に進み出た。
「なぜ、宇宙空港を破壊されたのです?」
「私は、グラドス軍の地球占領軍総司令官として、必要と認めたから破壊させた」
 ル・カインは、冷たい笑みをうかべて参謀次長と高官たちを一瞥した。
「私は、総司令官としてのこの地球でやるべきこのがある。その全てをやり遂げるまでは誰の干渉も受けん。ドーグ提督も例外ではない」
「……!」
 参謀次長ら高官たちが息をのむのがわかった。
 明らかに、新司令官ドーグ提督への宣戦布告であった。
 ル・カインは、高官たちの困惑、不安、動揺のようすを冷たい眼で見すえていた。
「ロアン副官!」
 凛としたル・カインの声が室内に響いた。
「はッ!」
「私に代わってこの場の指揮をとれ!」
 参謀たちは、今度こそル・カインの気が狂ったのか、という顔になった。
 ロアンにとっても唐突な命令であった。
「は  しかし……」
「命令が不服か?」
「いえ  
「では、任せる」
 ル・カインは中央の椅子から立ち上がった。
「君は、副官だ。指揮をとる資格はある。それに、ここに居る私の部下でいま最も冷静な判断が可能なのは君だけだからな」
 ル・カインは、ロアンを見据えながら、全員に聞こえるように言った。
「さぁ、ロアン副官、指揮官の席へ行け。そこでは指揮はとれんぞ」
  はッ!」
 ロアンは、唇を咬みしめて指揮官の椅子にまっすぐ進み寄った。そして、改めて椅子に腰をおろした。
「全員、直ちに持ち場に戻れ!」
 ロアンは、モゾモゾしている高官たちに第一声を発した。
 参謀次長をはじめ高官たちは、ル・カインの方をチラッと見やってからそれぞれの席へと戻っていった。
「私は、少し休息をとる」
 ル・カインは、満足そうに頷いて秘書官を従えて去って行った。
 クスコの攻撃隊から異変が起こり始めたとの報告がとび込んだのは、その直後であった。
「状況をくわしく報告しろ! いや、カメラで直接、モニターを送れ!」
 ロアンの命令は、即座にクスコへ飛んだ。


     3 光の塔


 廃虚の遺跡では、まさに異変が起こっていた。
 ジュリアの前に広がる石畳の円形広場に震動が起こり、地上に敷きつめられた石畳が、ジグソー・パスルをひっくり返したように八方へ飛び散ったのだ。
 そして、その下からも眼も綾な螢光色を中心とした玉虫色の光を放ちながら、見たこともない円柱形のものがセリ上がってきたのである。
 それは、一言でいえば光の円塔≠ナあった。直径にしてざっと五十メートルから六十メートル、その全長は三百メートル以上はあるかと思える。合金と特殊な発光板にびっしりと覆われた玉虫色に光る円塔  これこそグラドスの刻印≠ナあった。
 岩陰で身を固くしているアンナの眼の前で、ジュリアが片手を小さくあげて合図するのが見えた。
(ジュリア  !)
 叫ぼうとしたが、声にならなかった。
 光の中で、ジュリアの唇が動くのが見えた。
「エイジを、た・の・み・ま・す……」
 言葉こそ聞こえなかったが、テレパシーのように直接、心に伝わってきた。
 アンナは、大きく二度うなずいた。
 ジュリアは、玉虫色の光に包まれて、神々しい女神のような微笑をうかべた。そのままジュリアの姿は光の円塔≠フなかに吸い込まれるように溶け込んでいった。
 間もなく、光の円塔≠ヘ、速度をあげて宇宙空間へ向かって上昇し始めた。
「アンナ、危ないッ!」
 茫然と見上げているアンナの手をつかんだのはデビッドであった。
光の円塔≠ヘ大地を震わせながら、けだかくやさしい光を放って上昇してゆく。
 安全な場所まで引きずるようにして来られたアンナは、上昇してゆく光の円塔≠みつめながら、いつしか涙を流していることにも気づかなかった。
「あの方は……女神様になられるんだわ……」
 アンナの呟きは、デビッドやシモーヌ、アーサーらの胸にも聖なる鐘の音のように谺いていった。

光の円塔≠ェ、闇のなかを上昇してゆく光景をロアンもじっと見守っていた。
  ロアン副官、総攻撃の命令を要請しています!」
 参謀次長の声をロアンは無視して、この美しい光りの上昇をみつめていた。
「ロアン副官、攻撃命令を!」
 その言葉がさらにくり返されてもロアンは答えなかった。
(あのものには、冒しがたい清らかさがある……何者にも冒しがたい、貴い光りが……)
 ロアンは、全身が熱くなる思いでまばたきもしなかったl
  構わん、攻撃命令を出せ!」
 参謀次長の金切り声がロアンの耳に不快な塊となってとび込んできた。
  許さん!」
 ロアンの凛とした声が飛んだ。
「攻撃は、いっさい許さない! 命令だ」
「副官  !」
 参謀次長が護身用の拳銃を抜いた。
 同時に、銃声が作戦室を震わせた。
 いつの間に手にしたのか、ロアンの手の小型拳銃からスーッと紫色の硝煙があがってゆく。
「貴、貴様ァ  
 参謀次長は、ゆっくりと床に頽れた。
「動くな! 動くと撃つ! ここは今よりレジスタンスが占拠する!」
 すかさずロアンは、棒立ちになった高官連中に銃口を向けたままビシリと言い放った。
「なぜだ……!?」
 ル・カインが入り口に立っていた。
 ロアンは、無言であった。
「なぜ、私の信頼を裏切った!?」
 ル・カインが、鋭い眼になった。
 ロアンは、答えない。
「なぜだ! 答えろ、ロアン・デミトリッヒ!」
 一歩進んだル・カインが叫んだ。
 ロアンは、ギュッと唇をかみしめた。眼鏡だけが光った。
 ル・カインは、ロアンの心の奥を探ろうとする眼になった。
「私は知りたいのだ……支配者と部下、立場こそ違うが、私は君に施し≠与えたつもりはない……」
「…………」
「私は……私にとっては、精いっぱいの友情を示したつもりだった……」
「…………」
「それとも、しょせん、異星人とは心を通わすことなど不可能だというのか……?」
 沈黙を続けるロアンの唇は血の色が失せ、瞼が震えていた。
「すべては、私ひとりの愚かな道化芝居だったと……!?」
 ロアンは、わずかに首を振った。
 だが、ル・カインに見えたかどうか  
「何とか言えッ、ロアン・デミトリッヒ!!」
 それは悲痛な叫びであった。
「……ル・カイン閣下、私は……私は、やはり……地球人、でした……!」
 血を吐くようなロアンの言葉であった。
 ル・カインは、瞠目したまま、一秒ほどロアンを見すえていた。
 ロアンも視線をそらさなかった。
「お前を、叛逆罪で処刑する! ただし  その前にエイジを片づけてからだ」
 ル・カインは、背を向けて、風のように去って行った。その肩は、寂しかった。
 ロアンは、汗の手に拳銃を握りしめたまま、後ろ姿に心の中で訣別を告げた……。

 クスコの上空、ジュリアの乗り込んだ光の塔≠ヘ、しだいに上昇スピードをあげて高空へと向かいつつあった。
 地上で見上げているアンナやデビッドたちは、玉虫色に輝く光を見上げたままであった。その姿は、周りの古い遺跡と調和した石像のようであった。
 不思議なことに、無防備なデビッドたちを完全に包囲しているグラドス軍も、一発の攻撃すらしかけてこなかった。彼らも上昇する光を浴びて金縛りにあっているようだった。
 昇降機の降下するかすかな音が聞こえてきた。誰もが聞き覚えのあるレイズナーのものだった。
 アンナたちが全員ふり返ると、宇宙用のヘルメットにスーツをつけたエイジが、レイズナーの前に降り立った。
「エイジ、どうしたんだ?」
 デビッドが進み出ながらきいた。地球上での戦いに宇宙用の装備は必要ないのだ。
「おれは、姉さんを護衛してゆく。みんなを、頼む」
 エイジの口調には、断固たる決意があった。
  わかった」
 デビッドは、一秒ほどエイジを見つめてからキッパリ答えた。
 エイジが、アンナを見た。
 アンナは、必死にエイジを見つめている。だが、その足は意志に反して、ビクとも動かない。
「アンナ」
 デビッドが、声だけではなく、アンナの肩をポンとエイジに向かって押しやった。
 アンナが弾みで前のめりに進む。
 ガシッ! とエイジの両手がアンナの両肩をつかんだ。
「エイジ……きっと、帰ってきて……」
 アンナは、喉をつまらせながら、やっとのことで言葉をしぼり出した。
「私……待っています……!」
 エイジのヘルメット越しの眼は、アンナの言葉に頷いてはくれなかった。約束ができない悲しみと、もどかしさに沈んでいた。
(いや! そんなの  
 アンナが叫ぼうとしたが、声にならなかった。
 つぎの瞬間、アンナは強い力でエイジの胸に抱きしめられていた。うっ、と息が停まるほどの強い力であった。その瞬間、こらえていた熱い涙が、どっとアンナの眼から溢れた。
 アンナの顎をエイジの手がそっと上向かせた。
 あ、という形に開いたアンナの唇に、エイジの唇が接近した。
 はじめての口づけであった。
 アンナは、眼を閉じて受けた。全身に震えが走った。それから全身の血が一滴残らず幸福感で熱くなり、指の先から毛髪の一本一本にまでみなぎってゆくのを覚えた。エイジの愛のエネルギーを全身で受けとめた充実感で、頭の中がからっぽになった……。
 アンナが我にかえったとき、エイジの姿はレイズナーのコクピットにおさまっていた。
「エイジ、きっと帰って来いよーッ!」
 デビッドたちが叫んでいた。
 キャノピー越しにエイジが手をあげるのが見えた。
 まもなく、レイズナーはメイン・エンジンを噴射し、クスコの大地に震動を残して、一直線に上昇していった。
 アンナやデビッド達は、宇宙の青い闇へ向かって小さくなってゆくオレンジ色の噴射光を見つめていた。
 やがて、近くから轟音が起こり、SPTが数機、あわただしくレイズナーを追跡して上昇していった。そのタイミングのズレは、グラドス軍側の内部に命令系統の混乱が起こっている様子であった。
「敵が動きだした。油断するな!」
 デビッドが自分のSPTへ走りながら叫んだ。
「エイジが戻ってくるまでに、このへんの掃除をしとくんだ!」
「ええ!」
 シモーヌも張りきっていた。
 アンナは、まだ夢の中にいるような気持ちで上空を仰いでいた。
 レイズナーと思える光は、小さな星それよりもかぼそくなっていた。
(愛しているわ、エイジ……必ず、生きて帰ってきて……!)
 アンナは、はり裂けそうな胸をかき抱き、心の底から神に祈っていた  


     4 ル・カインの狂気


 レイズナーは、宇宙空間へ向かって進む光の塔を追って加速を重ねた。遅れて追尾してくるSPTの存在など気にならなかった。
 エイジにとって、ジュリアが発動させようとするグラドスの刻印≠ニ、ジュリア自身の運命が気がかりであった。
(刻印が発動するとどうなるのか?)
 そのことを姉ジュリアは教えてくれなかった。
刻印≠フ力がどうのようなものであれ、それを発動する以外にないとジュリアは決意したのだ。おそらく、命がけの仕事に違いないと思われるのだ。そのジュリアの決断≠最後まで実行させる他はない、とエイジは決意していた。
 果たしてレイが警告を発した。
『レンジ1に、敵SPT、急速接近!』
 追尾するSPTは、すでにふりきっている。しかも、接近するSPTは一機であった。
(来たな、ル・カイン……!)
 改めて機種を特定するまでもなく、ル・カインのザカールが目視できるところまで接近してきていた。
「あれか、グラドスの刻印とやらは!?」
 いきなり、ル・カインの声がとびこんできた。
「そのとおりだ。姉が乗っている」
「ジュリアが  ! 許さん!」
「待て、ル・カイン! お前に邪魔はさせんぞ」
「お前たちは、どこまでも私に楯をつく気らしいが、今日こそ私自身の手で処断する!」
 ル・カインの声が終わらないうちに、レーザー砲の猛攻がレイズナーを襲った。
 エイジは、間一髪、レイズナーを反転させて光の刃をかわしながら、反撃をくり出した。
 ル・カインも巧みにザカールを短い半径で回転させ、第二撃第三撃を加えてくる。
「レイ、V−maxだ!」
『レディ』
 レイズナーは一瞬、身ぶるいするような震動と共にV−maxの超加速装置を発動させた。たちまち、蒼い流星と化したレイズナーはぐんとザカールの射程外へ上昇してゆく。
 だが、ル・カインも黙ってはいなかった。
「エイジ、V−maxはしょせん、切り札にはならん。この前の対決で実証したはずだ!」
 ル・カインのザカールがやはりV−maxを発動し、たちまち赤い閃光と化してレイズナーに迫ってきた。
 エイジは、一瞬、地上に叩き落とされたときの恐怖と絶望感を想い起こした。あのときは、ル・カイン機にV−max装置があることを知らなかったのだ。
(だが、今ならフィフティ・フィフティだ!)
 ザカールの加速スピードはレイが記憶している。エイジは、眼前にセリあがってくる赤い閃光に向かって先制攻撃を叩きつけた。
 ル・カインも同時にビーム砲を連射してきた。
 レイズナーとザカールは、互いのレーザー・ビームに装甲を灼かれながら、すさまじいソピードで交錯し、飛び違えた。この光景を見るものがいたら、蒼い流星と禍々しい赤い流星とがぶつかったように見えたはずだ。
 両者は実際に、冷たく空気のない宇宙空間に火花を散らして大きく飛び交った。
 エイジがレイズナーを立て直したとき、ル・カイン機は、大きく地球と反対方向の宇宙に向かって流れて行った。その行く手には、玉虫色の光を放つ刻印≠ェあった。
「待て、ル・カイン!」
 エイジは叫びざま思いきりレイズナーを加速させた。
「まずグラドスの刻印≠破壊する。エイジ、貴様を葬るのはそれからだ!」
「断じてそうはさせんぞ!」
 ジュリアは、グラドスと地球の最悪の関係を停めるには、刻印の発動しかないと言ったのだ。そして、ジュリアは命がけでそれを行おうとしている・
(姉さんの最後の思いを、何としても遂げさせる。それが、姉さんの愛を奪ってしまったおれにできる精いっぱいの償いなんだ!)
 エイジの熱い思いをのせて、レイズナーはザカールに肉迫していった。
 だが、早くもグラドスの刻印≠射程内にとらえたザカールは、猛攻を開始した。
 玉虫色に神々しく輝く無防備な光の塔≠ヘ、その巨体に幾条ものレーザー・ビームを吸い込んだ。
「しまった! 遅かったか!」
 エイジは、次の瞬間、粉々に砕け散る光の塔≠イメージして、目を瞠った。
 だが、不思議なことに光の塔≠ヘ砕け散るどころか、破片ひとつこぼれなかった。その放つ光にも全く変化はみられない。
「ばかな!」
 ル・カインの呻く声が明瞭に聞こえた。
 同時に、ザカールの持つあらゆる火器が光の塔≠ノ向かって一斉に火を吐いた。
 だが、結果はやはり同じであった。
「ル・カイン、そこまでだ!」
 レイズナーは、ザカールの死角にぴたりと位置を占め、レーザー砲の狙いをつけた。
「なぜだ! なぜ、攻撃がきかんのだ」
 ル・カインの声は、明らかに上ずっていた。
「ル・カイン、武器を捨てろ! さもないと、撃つ!」
 既にレイズナーの照準器は、ザカールの急所を中心に捉えていた。
「撃てるものなら撃ってみろ!」
「やめなさい、エイジ!」
 ル・カインの声と同時に、ジュリアの凛とした声が宇宙に谺した。
  姉さん!?」
 一瞬のエイジの動揺。その隙をついて、ザカールは、いっきに光の塔≠゚がけて突っ込んでいった。
 ル・カインの無謀な体当たり作戦であった。
「姉さん、危ないッ!」
 エイジは叫びながらいっきに加速した。
 だが、先行するザカールには及ばない。
 エイジの眼の前でル・カインのザカールは光の塔≠ノ激突した。
 そのとき、またしても不思議なことが起こった。ザカールは、スッと光の塔≠フ中に文字通り吸い込まれていったのである。
 エイジは自分の眼を疑った。
 そのわずかな理性の空白が、レイズナーの回避動作を遅らせた。ハッと気づいたときには、目の前いっぱいに光の塔≠フ玉虫色の光が巨大な壁となって立ち塞がったいたのだ。
「レイ、緊急回避ッ!」
 だが、レイは何も答えず、非常緊急回避システムもなぜか動作しなかった。
 エイジは、輝く光の海の中にとび込んでいった  


     5 刻印の発動


 淡い光があった。
 レイズナーのキャノピー越しに見まわすと、真珠色を基調としたやさしい光に包まれているのだった。
 エイジは、魂の永遠に憩う場所  死後の楽園へ来たのかと思った。
「おりていらっしゃい、エイジ……」
 ジュリアの声がきこえた。
 エイジは、言われるままにキャノピーをあけた。
 昇降機に身を托してゆっくりと降下しながら、一方に立っているザカールを見た。それも傷ひとつついていなかった。
 広いドーム状の空間の一段高いところにジュリアが立っていた。
 少し離れて、ル・カインが拳銃を手にしている。
 エイジは、ジュリアの眼に促されるようにヘルメットをとった。
 淡い光、やさしい空気、そして雅やかなかすかな香り  幼い日の母の笑顔のような幸福感に充ちた世界があった。
 それが、グラドスの刻印の内部であった。
「よく、来てくれたわね、エイジ」
「姉さん……」
 ル・カインが撃鉄を起こしてゆっくりと進み出た。
「どこまでも私に祟る姉弟だ。しかし、二人それおって死を迎えられる幸運を喜び給え」
 ル・カインの冷笑は、わずかに引きつっていた。その指が、引き金を搾りこむ。
「やめろ!」
 エイジの声と同時に銃口は日を噴いた。
 だが、エイジには何も起こらなかった。
 ジュリアも静かにたたずんでいる。
「くそっ!」
 二発、三発、四発……ル・カインは、狂ったようにエイジたちに向かって引き金を引いた。だが、弾丸は、何者かの意志のようにエイジたちをかすりもしなかった。
「ル・カイン様、無駄なことはおやめになってください」
 ジュリアがさとすように言った。
 ル・カインは、短く吠えて拳銃を床に叩きつけた。
「なぜだ……なぜ……!?」
 その額には醜い大粒の汗がうかび、肩は大きく上下している。
「ル・カイン様、まだ、あなたはおわかりにならないのですか」
「なんの事だ  !?」
 ル・カインはジュリアの顔を睨みつけた。
「この世界は、愛の意志に支配された特別の次元世界  悪意や、暴力は力をもたないのです……」
「…………」
 ル・カインは、呑みこめない顔付きでポカンとジュリアを見つめた。
 エイジにも、ジュリアの言葉をそのまま理解することはできなかった。
 ジュリアは啓示を伝えるように続けた。
「いま、四万年の時を超えて、グラドスの偉大な賢者たちの意思を感じることができるのです。それは、この宇宙の大きさにも等しいほどの愛の意思としか言いようがありません……」
「理不尽な、たわ言だ!」
 ル・カインがかろうじてうそぶいた。
「ル・カイン様、愛を理性でわかろうとなされてもそれは不可能です」
 ジュリアの声はあくまでも澄んでいた。
「愛は、もともと理屈を超えてあるもの……直接、ひとの心に働きかける、その意味では理不尽なものなのですから」
「ジュリア、私に説教ならたくさんだ!」
「ル・カイン様、なぜ、ご自分の心に素直になられないのです」
 ジュリアの深い慈愛に充ちた瞳がル・カインを直視した。
「う……!」
 わずかにル・カインが怯んだ。
「あなた様が、本当に心から求めておられたのは、権力でも名誉でもこの地球でもない  
「違う。私は、真の偉大な支配者となるために生まれてきた! それが私の宿命なのだ!」
「そのために、お父上を屠られた……」
「そうだ、そのとおりだ! 私は、私の目的を邪魔するものは、たとえ父であれ、斥ける! それが、支配者の意思というものだ!」
「だったらなぜ、その生身の不完全な肉体を鋼鉄に変え、血や涙をもたない機械人間にならなかったのだ!」
 エイジが詰め寄った。
「なれるものならなっている! この体に流れる地球人の血など一滴残らず叩き出してな!」
 ル・カインの見返す眼にも怒りの血管が浮かんでいた。
「それが、本音か」
「いいえ、違います……」
 ル・カインが答える前に、ジュリアの声が再び遮った。
「ル・カイン様が、お父上を手にかけられたのは……お父上の愛が欲しかったから……」
「黙れ! 世迷いごとをほざくなッ!」
 ル・カインの顔は、一気に紅潮していた。
 エイジもはっとル・カインを見やった。
「愛など女子供の感傷、弱者の衣だ! そんなものにうつつをぬかす軟弱ものに人を統べる権力の使い手となる資格はない。それが、支配者の掟だ!」
 ル・カインの声は、その握りしめた拳よりも震えていた。
「でも、ル・カイン様……あなたも人の子でした……自分の心を完全には騙しきれない、やさしいお心を秘めた……人間でした……真実を認めることさえご自分に許されていれば……」
「なにお、ほざく……」
 ル・カインは、今にもジュリアに躍りかかり、荒ぶる獣のようにジュリアを八つ裂きにしかねない形相だった。
 とっさにエイジは、拳を固めてジュリアを庇おうとした。
 だが、ル・カインは何者かの見えない力に抗うように、首を振りながら一歩二歩と後退していった。
「……許さない……絶対に、許さないぞ……!」
 ル・カインの声は、幼児のように涙声になっていた。
「私の心の奥を……覗かれてたまるか!……愛など、私には必要ない……私をたぶらかそうとしても、そうはいかんぞ……」
 ル・カインの眼は、すでにジュリアもエイジを見てはいなかった。空虚をたえまなく揺れる眼は、幼児のようにあどけない冷酷さだけをたたえて、知の輝きを失っていた。
  エイジ、早くここを出なさい」
 ジュリアは、いつの間にか手にしたペンダントの光の壁の窪みにかざしていた。
「姉さん!」
「間もなく、刻印が発動します」
「すると、どうなる!?」
「このグラドスの刻印≠ヘ、宇宙を分かつための装置です。これを始動させれば、グラドス星と地球との間の空間が次元的に歪められ、封鎖されるのです」
「では、せっかくの宇宙航路を  
「閉ざす他に、流血を止めることはできません」
「じゃ、グラドスへ行くことも来ることも出来なくするというのか!?」
「今は、他にとるべき道はないのです」
 ジュリアは頷いて、静かにペンダントを光の窪みにはめ込んだ。
 一瞬、空間内の光がフッと暗くなり、どこかで機械装置の静かに眼ざめる音が伝わってきた。
「何百年、何千年か……それは判りません。改めて、よりよいコンタクトができるときの訪れるまで行き来はできなくなります」
「じゃ、父さんや母さんに永遠に会えないのか!?」
 ジュリアは、静かに頷いた。
「その覚悟でエイジ、あなたは地球に来たはずです。そして、これからもあなたの力が地球で必要となるのですよ」
 すでに、機械装置の鼓動は大きくなり、エイジたちのいるドーム空間にも光の明滅という形での異変が起こり始めていた。
「この刻印が発動すれば、現在、地球に居るグラドス人たちは少数派となり、支配者であったために、悲惨な運命となるでしょう」
 異変に気づいたル・カインが、何やら呟きながらザカールへ向かってゆくのが見えた。
「俺は、敗けはしないぞ、エイジ……!」
 だが、エイジは気にもとめなかった。
 わずかに残されたときのなかで、姉ジュリアの言葉を一言も聞き洩らすまいとしていた。
「エイジ、あなたの体にはグラドス人の  お母様の血も半分流れているのです。どうか地球にとどまって、グラドスの人たちの力になってあげて下さい」
「……わかったよ、姉さん」
「それから、いつの日か、あなたがグラドス人と地球人の愛の架け橋になれるよう、祈っています……」
 ドーム内も震動が激しくなり、光は明滅を速め、空気は渦を巻き始めた。
「さあ、エイジ、お別れです。行きなさい」
「姉さんは、姉さんはどうなるんだ!?」
「私は、このグラドスの刻印に  大いなる愛の意思に仕える運命なのです」
 ジュリアは、ほほえんでいた。
 フワリ、とジュリアの体がけだかい光に包まれて浮上した。
「姉さん!」
「行きなさい、エイジ……大いなる愛の意思を信じて……」
 ジュリアの体は、空中で光に包まれたまま停止していた。それは、まさに愛の女神に昇華し、化身する姿であった。
 そのとき、グラドスの刻印が発動した。
 エイジは、凄まじい光の粒子が全身の細胞を何億万の細い黄金の針となって貫くのを覚えた  


     6 時は流れる


 宇宙空間に巨大なオーロラの光が広がった瞬間を、アンナたちはクスコの遺跡で見ることができた。
 グラドスの刻印の発動  誰もがそう直感した。
 夜が明けても大空に広がったオーロラは消えなかった。
 地球上では、さまざまな異変が起こっていた。
 地磁気の乱れ、潮汐のリズムの混乱、地震、ある大陸ではハリケーンが猛威をふるい、太平洋沿岸部では季節外れの嵐が襲った。
 噴火や洪水にみまわれる所もあった。
 地球規模の大異変であった。
 クスコの遺跡の上空をも熱風が吹き過ぎ、そして豪雨が叩き付けてきた。
 大異変は、次の日も荒れ狂った。
 それは、いくら文明が発達しても自分のことしか考えない欲望の生きもの≠ナある人類に対する神の警告のようであった。
 自然を尊ぶ精神を忘れ、他人に対する優しさを忘れ、物欲の奴隷と化してしまった人類への宇宙からのメッセージ  
 そして、四十八時間が過ぎた。オーロラの光は少しずつ揺れ始め、その光も規模も小さくなり、ゆっくりと消えていった。
 それと共に、地球上の異変もおさまり、再び元の自然のリズムを取り戻し始めた。
 だが、エイジは還らなかった。
重本恭孝
 夕方になって、ロアンが飛んできた。
「エイジは  ?」
 それが、仲間たちに発したロアンの第一声であった。
「帰ってくるよ、あいつは。宇宙で一番しぶとい男なんだからな」
 アーサーがわざと元気のいい声で張りあげた。
「そうよ。エイジは、これまでにもたくさんの奇跡≠起こして来たんだもの」
 シモーヌが、ね、というふうにデビッドを見て言う。
「当たり前だ。昔から勇者たちは愛する者のために戦い、そして還ってきたんだ」
 およそデビッドに似つかわしくない気どった言葉だった。普通なら「よく言うよ」というところだが、誰も笑ったりしなかった。
「デビッドの言うとおりよ。エイジは不死身の男ですものね」
 エリザベスがアンナの肩をそっと抱いた。
 アンナが一点を見つめたまま頷いた。
「それよりロアン、よく脱出できたなあ」
 アーサーの言葉に、ロアンはニヤリと笑った。
「副官としての権力を大いにふるってきたよ」
 ロアンは、地球規模で異変が起こったのを利用して、グラドス軍と地球人に対して非常事態を宣言したのだという。
 あらゆる災害から人命救助を最優先させること。そして、グラドス人も地球人も協力して未曾有の困難を切り抜けること  
 混乱していたグラドス軍も、優先命令を与えられて冷静に行動に移っていった。
 その後は、ギルバート博士に臨時新政府の代表になってもらい、業務を引き継いできたのだった。
「へええ、やるなァ、ロアン」
 アーサーがすっかり感心して言った。
「でも、よくグラドス軍が命令に従ったわね」
 シモーヌが疑問を口にする。
「軍人は、上からの命令には絶対に服従だからね」
 ロアンは、ちょっと眼鏡をズリ上げ、得意そうな顔をして続けた。
「それに、彼らだって殺し合いをするより、人助けの方がましに決まってるよ。グラドス人だって、人間に変わりはないんだ」
「だけど、ル・カインを土壇場で裏切るとはな  
 デビッドが、誰もが聞きたかったことをズバリと口にした。
「君たちが闘ったうように、ぼくだって……」
 ロアンは、ちょっとつらそうな表情になって空を見上げた。
「でも……ぼくには、離れていても火星以来の仲間がいると思っていた……。その仲間と、いつか未来を作るんだって、そう思い続けてた……」
「オレ、裏切者だって早トチリしちまった。勘弁しろよ」
 デビッドが素直に謝った。
「オ、オレもサ、一瞬は……でも、ロアンはやっぱりオレ達の仲間だもんな。信じてたぜ」
 アーサーの調子のよさに誰もが笑った。
「ハラ、減っちゃったよ」
 急にマッシュが情けない声を出した
「そういえば、ハラペコだよ」
 アーサーもハラの虫が悲鳴をあげた。
「よし、食糧を手に入れてくるか。エイジが戻ったら大パーティーだ!」
 デビッドが力強く立ちあがった。
「そうね、シャンパンでお祝いしなきゃ!」
「おい、シモーヌ、ムチャ言うなよ。こんな山ん中だぜ」
「ちょっと、でびっど、そのオイってのやめてくれない!?」
 また始まった、と眼くばせし合ったアーサーやマッシュ、ロアンが離れて行く。
「アンナ、夜になると冷えるわ、焚火の用意をしましょう」
 エリザベスが石のようなアンナを促した。

 焚火を囲んだ即席のバーベキュー・パーティーは、いまいち盛り上がらなかった。
 陽が落ちてもエイジは還らなかったのだ。
 異変の去ったあとのひときわ美しい星空を見上げているアンナの姿に、誰もが黙っていた。
 そのうち、マッシュが眠った。
 デビッドとロアンとアーサーが二時間交替で火の番をして仮眠をとった。
 シモーヌとエリザベスも乾草の上に横になった。が、眼を閉じているだけだった。
 アンナはひとり、じっと星空を見上げている。夜はふけていった。
   煌く光の中に女神が現れた。
 ジュリアであった。
『エイジを、たのみます……』
 ジュリアの声が、ハッキリと聞こえた。
  はい!」
 アンナは、思わず返事をした、それで、浅い眠りからさめた。
 いつの間にかうとうとと眠ったらしい。
 遺跡は、紫色の靄に包まれていた。
 だが、東の山脈にはすでに朝の光が忍び寄っている。
 ふと、聞きなれない音楽が聞こえたように思った。
 アンナは、自然に立ち上がった。
 そして、何かにひかれるように朝の冷気のなかを歩き出した。
 その姿をみたガウだけが、黙ってアンナの後をついて行った。
 東の稜線に光が射し始めた。
 アンナが立ち停まった。
 朝の光は、次第にオレンジ色の暖かみを増してくる。
 と  その中に、ポツリと小さな影が滲み出た。
「……!」
 アンナは、吸い込んだ息を停め、眼だけ大きく見開いた。
 オレンジの光の中に、一瞬キラリと光ったそれは、蒼い煌きとなってまっしぐらにアンナに向かって飛来してくる。
 それは、まぎれもなくレイズナーであった。
「エイジー……エイジ〜!!」
 アンナは、夢中で走りだした。
 その行く手に、レイズナーはゆっくりと降下してくる。
 アンナの足はさらに早くなった。
 レイズナーのキャノピーが開き、人影が降下し始める。
 アンナは駈けに駈ける。
 人影が降り立ち、ヘルメットをとった。
 エイジであった。
 エイジは、進みながら大きく両手を広げた。
 アンナは宙を飛んだ。
 小鳥のようなアンナの体が、エイジの胸の中に飛び込んでいった。
 おりから降り注ぐ太陽の光の中で、エイジとアンナはひとつになった。
 新しい地球の愛の時代の始まりだった……。






   <エピローグ>


     「アンナの日記」


   西暦二〇〇〇年一月一日。
 エイジは、やっぱり還ってきてくれました。
 これからふるさととなる地球へ!
 仲間たちのもとへ!
 そして、私の胸の中へ……!
 クスコのあの日、朝から夕方まで私たちはエイジと話し、食べ、飲み、笑い、そしてまた話しました。
 エイジは、別れのときジュリアさんから託された新しい使命について、私たちに話してくれました。
『地球にとり残されたグラドスの人たちの力になること。そして、いつか再びグラドス星と地球の航路がひらかれ、改めて遭遇するとき、ふたつの星の架け橋となること……』
 エイジは、それについて仲間の力を借りたいのだと言いました。
「一人では、何もできはしない……」
「今さら水くさいぜ、おれたちはどこまでも一心同体なんだ」
 アーサーの言葉に、デビッドも、ロアンもシモーヌもマッシュとガウも、そして、私も頷きました。
 それから、黙っているDr.エリザベスを私たちは見返りました。
「もちろん、私もできることはするわ。でも、もう、あなた達は私に引率された宇宙体験教室の生徒じゃない  
 エリザベスは、改めて眩しそうに私たち一人ひとりの顔を見つめていました。
「あなた達は、もう立派な大人……いえ、これまでのどんな大人たちよりも立派な人間≠ノ成長してくれたわ。くもりのない理性の眼で真実をみつめ、その真実に基づいて勇気をもって行動し、平和と愛の世界を本当に実現させる偉大な新しい時代の人  そう宇宙人≠ノ。これからもあなた達が協力し合って、すばらしい未来へ向かって歩き続けて欲しいの。そして、あなた達は、きっと立派にやり遂げると信じています……」
「じゃ、卒業ですか?」
 アーサーが突然、言いだしました。
「ええ、立派に卒業よ」
「じゃ、卒業式やろうよ。結局、おれたち、まともに学校も卒業できなかったんだからさ」
「賛成!」
 シモーヌがまっ先に拍手しました。
 それから、私たちは卒業証書のかわりに、野の花を摘んで小さな花冠を作りました。
 かつて、聖なる勇者の頭を飾った月桂樹の冠に似せたのです。
 デビッドなど、大いにテレながら、でも真面目くさった顔で花冠をつけました。
 そして、私もかわいい花冠を戴きました。
 でも、これからの私たちには、エイジと共に大きな仕事をする使命が課せられたのです。そのことを想うと、かわいい花冠がズシリとした重さに感じられるのでした。
「卒業式ってのはさ、答辞ってのがないとやっぱりしまらないと思わないか?」
 アーサーがまた真面目な顔で言いました。
 誰もが大賛成で、一斉にロアンの方を見ました。
「ロアン副官どの!」
「あんたが一番の秀才だ、やれ!」
 みんなの拍手で、ロアンの前に立ちました。
「ぼくたちは、これから出発するにあたり、ぼくたちの命を生み出してくれた両親や、人類や、ちきゅ、そして宇宙……すべてのものに、心から尊敬と感謝の気持ちをささげたいと思う」
 同感の拍手が静かに、力強く広がりました。
「それから……たくさん、言いたいことはあるけど、ぼくたちが生きて今日あるのは、エイジがいて、彼と巡りあえたからだと思う……」
 全員の眼が、エイジに集中しました。エイジはとてもむずがゆそうな表情でした。
「全員、エイジに心からなる感謝をこめて……ビールをぶっかけろーッ!!」
 エイジは、逃げだしました。でも、デビッドがタックル。それからあとは、もうムチャクチャ……ほんとうに宇宙人≠フ卒業パーティになりました。
 そして、楽しい夜はふけて全員が枕を並べて野宿。私は、エイジのそばに並んで横たわりました。

 夜空を彩る星々は、じっと見上げていると、本当に降ってきそうでした。手を伸ばせば、幾つもつかめそうなほどです。
 でも、私は、その星々の間に浮かぶ、けだかい女神さまを見ていました。
(ジュリアさんは、宇宙の女神さまになられた。そして、私たちのことをいつも見守って下さるのだわ……)
 そう思えるのです。というよりも、それは私の確信でした。そのことをエイジに話す必要も感じませんでした。
 では、ル・カインはどうなったのでしょう  
 私の考えによれば、断絶した宙域の向こう側へ弾きとばされたのではないでしょうか。そして、グラドスからやってきた新しい艦隊と合流したのではないかと思います。
 いずれにしても確かなことは、女神となったジュリアさんが、ル・カインの命を奪うようなことだけは、なさらなかったと思うのです。
  アンナ」
 エイジが呼びかけてきました。
 私がエイジの方を見やると、エイジは星空をじっと見上げていました。
「ぼくは、子どものころ、父と母に宇宙って、どうやってできたの?≠チて、訊いたことがある……」
「お父さまとお母さまは、なんて答えられたの?」
「うん……」
 エイジは、私の方をチラッと見て、それから再び星空の彼方へと眼を向けました。
「宇宙は、大いなる愛の意思によって創られた……=c…父も母も、そう答えた……」
「愛の意思……愛のこころ……」
「今は、なんだか判るようなきがする……」
 私にも、それがものごとの一番、源にあるものだという気持ちにぴったりとしました。
 この宇宙の全てが、神のようにけだかく深い愛の意思によって創られてるとすれば、人を虐げたり、支配したりといった醜い人間の欲望は、いつかなくなるでしょう。
 そうなれたとき、はじめて人は人類や国境・立場などの全てを超えて、限りなくやさしく共存できるのでしょう。宇宙の一員として  
 それは、決して理想ではありません。
 生きている私たち一人ひとりが、そうした世界を創りあげてゆけばいいのですから  
「エイジ……」
「……うん?」
 私は、いつか私自身が子供をもつようになったら、今のエイジの話をしてあげたい  そう言おうとして、言いだせませんでした。
 かわりに、そっとエイジの手に指先を触れました。
 エイジは、黙ってやさしく私の手を握りしめてくれました。
「おやすみ、アンナ……」
「おやすみなさい、エイジ……」
 間もなく、エイジの安らかな寝息が洩れてきました。
 エイジが三年前、私たちと出会って以来、初めて得た最も安らかな眠りでした。
 私は、まだ、眠れません。
 眠ってしまうにはとても惜しい夜……。
 そして、私は、明日から語り始めなければならない、新しい私たちの歴史について考えることにしました。
 きっと、語り始めはこうです。

   西暦一九九六年十月六日。
 私たちは、初めて火星の土を踏みました。
 そして、そこで異星から来たひとりの少年に出会いました。
 少年の名は、アルバトロ・ナル・エイジ・アスカ。
「ぼくは、グラドスから来た」
 エイジは、言いました。
「地球は、狙われている……」
 それが、私たちのはじめての出会いでした……。

                                   <終>







   あとがき

 TVアニメ『蒼き流星・SPTレイズナー』は、一九八五年十月、日本テレビ系で放映開始。一年間の予定であったが、三十八話をもって打ち切りという形で終了した。
 残念であった。
<エイジが地球人とグラドス人の架け橋になる>というテーマにしても、十分に語りつくせなかった。当初の予定では、エイジが地球を解放してから、仲間と共に星の海を越えてグラドスに乗り込み、グラドス人をも巧妙な支配層から解放する  というストーリーを考えていたのだ。
 それによって、グラドス星とグラドス人の生活、社会構造、その他も明らかにする。また、エイジの両親のことについてもそこで語られる構成であった。
 さらに、第II部から登場した最大のライバル、ル・カインとの本格的な葛藤も後半の大きなドラマの骨格を形成するものだった。
 ル・カインの父親殺し、ジュリアへの愛、ロアンに対する友情……といったことも十分に語ることはできなかった。
 こうした様々なドラマが予定されながら、設計図のままで日の目をみることはなくなったわけである。
 せめて、その一部だけでも補えれば  という目的で、オリジナル・ビデオが作られ、一方でこの物語を書くことになった。
 小説・レイズナーは、基本的にはノベライゼーションである。
 しかし、TV版あるいはオリジナル・ビデオにそっくり忠実というわけではない。
 一部ご不満があるかも知れないが、先に述べた”日の目をみなかった設計図”が投影された結果であることをお断りしておきたい。
 さて、レイズナーは、宇宙レベルでの人類愛をテーマにした物語であった。
 愛  などという言葉を今どき大上段にふりかざすと、クサいとかシラケるとか言う風潮がある。でも、私個人はそうした風潮に異をとなえたい。
 たしかに、愛とか愛情のみでなく、真心や思いやりといった言葉さえ、商品宣伝用語としてあまりにも安易に濫用され、うす汚れてしまった感じはある。そのことにウサン臭さを感じるのは当然だ。
 でも、言葉そのものは、いってみれば符号であり、それ自体に罪はない。
 自分の心と生き方にしっかり裏打ちされた言葉であれば、強い力をもつと思う。
 小説では、特に三人の女性の愛について書いてみたつもりである。
 アンナのエイジに対する愛。これは、初恋から男女の愛情へと育った幸運なケースで、誰もが経験するものだと思う。
 エリザベスは、一度、クレイトンとの愛を育てそこなった。そこから、信仰的な愛と献身の道を歩んでいった女性だと思う。
 しかし、人間として限りなく神に近い次元の至高の愛の境地に到ったのは、ジュリアであった。
 人間の理想が、限りなく神に近づくことであるなら、ジュリアがそれに近いだろう。ただ、生きる幸せは、いうまでもなくアンナのものである。
 この小説においてもエイジの「空白の三年間」など、やり残したことは多い。だが、いつか時と場所を得られることもあるかと思う。
 最後に、オリジナルを創り続ける日本サンライズと、高橋監督はじめ、関係スタッフの皆さんに心から感謝の言葉を捧げたい。
「皆さん、ありがとうございました」
  昭和六十一年十二月
                                     伊東恒久

アニメージュ文庫
流星SPTレイズナー
   ─刻印2000─
(C)1987 日本サンライズ・NTV N−020
        TSUNEHISA ITO
        Printed in Japan

1987年1月30日 初刷
1988年7月20日 2刷

著 者 伊東恒久
発行者 尾形英夫
東京都港区新橋四−一〇−一〒一〇五
発行所 株式会社徳間書店
電話〇三(四三三)六二三一(大代)
振 替 東京四−四四三九二番
印 刷
製 本 大日本印刷株式会社
<編集担当 武田実紀男・菊川幸夫>

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